Dec,23,2012
私たちの赤裸々な日常をつづったチャリダー日記、インド&ネパール編Vol.1。
今回は、リシュケシュを出発し、西端の国境マヘンドラナガルからネパール入国し、タライ平原を横断してブトゥワルに到着するまでの日記です。
なお、GoogleMap、標高プロファイル、距離一覧表、簡単なホテル情報をNotesにまとめてありますので、そちらも参照して下さい。
→インド編
→ネパール編
2012.10.17 | Rishikesh – Najibabad | 74km | Hotel |
リシュケシュではヨガレッスンを含めて16日間もゆっくりしたというのに体調は全然回復していない。すっきりしない体調のままで無理やり出発だけど、いざ出発すると体調うんぬんよりも嬉しい気持ちが勝ってウキウキする。朝食にアルプラタ&オムレツという典型的なインド朝食を食べただけでも、「よっしゃ、旅の再開だ―。」とテンションがぐんぐん上がっていく。 リシュケシュの街は混んでいたけど、一旦街を外れるとそこまで交通量は多くなく、意外と平和なサイクリングだ。青空チャリ修理屋、カラフルなリキシャー、沐浴する人々、水牛タクシー、どれもこれも街歩きをしている時より新鮮に感じられる。ハリドワールの街を過ぎると一気に交通量が減り、森の中を通る気持ちの良い道が続く。特にランチ休憩後に少しメインロードを外れて通ったショートカットルートは、畑に囲まれたのどかで穏やかで素敵な風景だった。 平坦な道をぐんぐん快調に飛ばしてナジババッドの町に到着。本当はあと45km先のダンプールまで行こうと思っていたのだけど、まだまだ二人とも体調があまり良くないのでこの町で休むことにする。この町はリンゴがたくさん売っているのだけど、いくら?と聞いたら1kg100Rsと高い。じゃあいいやと立ち去ると背後から「90,80,いや70。ヘイミスター」と勝手に値引きが始まる。こういう面倒なやり取りは久しぶりなので気分がよくない。ちなみに宿は500Rsを400Rsにしてもらったはずなのに、支払い時に500Rs札を出したら「お釣りがないから明日」「100Rsはデポジットで預かる」とか言い始める始末。挙句にはオーナーが出てきて「誰が値引きすると言ったんだ?差額はそいつの給料から天引きすることになるけどそれでもいいのか?」などと脅してくる。「まったくもってノープロブレムだ」と答えたらようやくお釣りを返してくれた。それにしてもオーナーさん、値引き交渉の時にあなたは隣で全部聞いていたじゃないですか。そういえば昼飯休憩の時もいちいち値段交渉しないといけなかった。ああ、今日はなんだか値段交渉が面倒くさい日だ。今まではそんなことなかったのに、なんかヒンドゥ圏に来たなあって実感する。 本日の宿は、夜になると蒸し暑いし蚊はめちゃくちゃ多いしで全然眠れなかった。風邪気味なのでファンを回すと頭が痛くて辛いし、蚊を避けるためにシーツにくるまると暑くて汗びしょびしょになるし、30分ごとに蚊に起こされるしで散々。こっちの蚊はめちゃくちゃ大きくて、刺されるとビクンとするくらい痛い。明日からは安眠のために部屋にテントを張って寝よう。(ひろ) |
2012.10.18 | Najibabad – Radrapur | 144km | Hotel |
朝起きると蚊の死骸がごろごろとベッドの上に転がっていた。いったい何匹いたんだというくらい大量の蚊に悩まされた晩だった。平野ではこんな晩がこれから毎日続くのかと思うとブルーになる。早く高地へ戻りたい。 昼は暑いので朝の涼しいうちにできるだけ距離を稼ぎたくて7時には出発。朝はひんやりして気持ちがいいし、朝もやのせいか、それとも空気が汚染されているせいか、朝日の方向に走っても眩しくないし光が優しく拡散されていて幻想的なのがいい。昨日に続き今日も幹線道路の割りにノンビリな道。さらに途中ショートカットに利用したバイパスはサトウキビ畑の中を水牛タクシーや自転車がのんびり走る素敵な田舎道だ。ナジナバッド付近はムスリムが多い。カシミール地方でも思ったのだけど、何故インドのムスリムはあまりフレンドリーではないのだろう。私たちの中ではムスリムたちはいつもスーパー親切だったイメージが強かっただけに何だかがっかりする。でもひとつヒンドゥーの人たちと違うのはあまりギョロギョロ凝視してこないこと。インドのヒンドゥー圏に入ってからは町での休憩が疲れる。ゴミゴミしているし、チャイ屋や食堂で休憩していると人がワラワラ集まってきて、勝手に自転車をべたべた触るし、不快に感じる近距離からジロジロと凝視される。かといってこちらから挨拶しても結構な確率で無視なのだから気味が悪い。でも、ムスリムの村だと人は多いのは変わらないけど、凝視はされないし、子供じみた大人があまりいないのが有難い。 今日はスーパー平地だったといはいえ144km走って疲れた。今日の宿泊地ラドラプール、結構大きな町だったのだけど、食事を取るところが見つからず夜ご飯は屋台のまずいチョウメン(焼きそば)とモモ(餃子)。特にモモのまずさと言ったら。具は小麦粉の塊かと思うほどだった。昨日の睡眠不足もあってもうヘロヘロ。今日は蚊取り線香とベープも買って蚊対策は万全。そしてベッドの上にテントを張って寝ることにした。今日はぐっすり寝るぞと思っていたのに、近くのヒンドゥ寺から得体の知れない歌が煩くて2時まで寝れず。再び4時から歌が始まって、また寝不足になった。(ようこ) |
2012.10.19 | Radrapur – Mahendranagar (Nepal) | 96km | Hotel |
今日も夜明けとともに出発し、10kmほど走ったところで朝食を食べる。朝のうちは涼しいし交通量も多くないし、インドの朝は早いに限る。今日もあくびが出そうなほど平坦な道が続く。それにしても今日はやけに暑い。インドはどんな田舎でも冷たいものが飲めるのが幸せだけど、こうも暑いと冷えたコーラを大量に飲んで空腹をごまかすようになる。これは完全な夏バテの傾向で良くない。というわけで昼はターリーをちゃんと食べることにする。あと25kmほどでネパールに入るから、これが最後のインド食だ。 Banbasaの街からネパール国境への道は、路面もガタガタなド田舎道。森の中のガタガタ道をネパールから買い出しに来たおばちゃんたちが自転車いっぱいに荷物を積みこんでとぼとぼ押して歩く風景なんて、とても国境とは思えない。しかし国境付近ってどの国もやけに立派な道路を通していることが多いのに、これはインドがネパールを軽視している証拠なんだろうか(ちなみにネパール側はちゃんと舗装路だった)。 ダムを二つ越えてインド側のイミグレに到着。といっても掘立小屋がぽつんと立っているだけの簡素なイミグレだ。インド人・ネパール人は国境手続きが不要なので、イミグレは外国人だけを相手にすれば良くてとても暇そうだ。もう午後3時だというのに今日の外国人は僕らが2人、3人目。5分で終わる手続きを30分ほどかけてのんびりやっていた。 そこからネパールのイミグレまでは、さらにのどかな風景。牛飼いが牛を追いまわしたり、子供が芝生で遊んでいたりと、完全にどこかの公園状態だ。そして掘立小屋風の見過ごしそうなネパールイミグレで手続きをして無事ネパールに入国。それにしても3カ月ビザが100ドルって高くない? ネパールに入ると6kmほどでマヘンドラナガルの町に到着。人が良く笑ってハローと声をかけてくれて、全然違う雰囲気だ。しかもこの町の女性はやけに美人が多い。みんなにっこり笑顔が素敵だからそう思うのだろうか。 リシュケシュは聖地なので禁酒の街だった。その後も体調不良だなんだとお酒を飲んでいなかったのだ。ネパールは物価に比べて驚くほどビールが高いのだけど、今日は入国記念にビールで乾杯をする。もう19日だというのに今月初のビールだ。でも通常のビールにアルコールを加えたストロングビールしかなくて、これが変に甘くてとてもまずかった。この19日間の我慢を返せー。(ひろ) |
2012.10.20 | Mahendranagar – Lamki | 106km | Hotel |
昨日もベッドの上のテント泊。扇風機をつけると寒くて、消すと汗だらだらになってと寝苦しかった。しかもパーティーがあったのか明方までうるさかった。ここ数日睡眠不足が続きすぎておかしくなりそう。今日の道は悪路を覚悟していたのだけれども、新しいきれいな道で走りやすかった。交通量は驚くほど少ない。大多数は自転車かバイク。たまに通るのはバスのみ。やはり個人で車を持てるような人がこの辺にはあまりいないのだろうか。小さい村々が点在していて人がいっぱいいる。みんな優しい笑顔でバーイ、ナマステと挨拶をくれる。心から溶けそうにになるほど素敵な笑顔。42km走ってやっと朝食。さすがに朝食が遅すぎてハンガーノック気味。しっかしまずいチョウメンだった。味の素がジャリジャリとして気持ちが悪かった。バナナを購入して口直し。ネパールは町で休憩しても人々が優しいまなざしで見守ってくれるだけ。近づいて話しかけてくる人もジロジロと見ないし、素敵な笑顔で「どこいくの~?」とインドと全然違う。何故だ、なぜ同じヒンドゥー系でもこんなにも違うんだ?? ネパールに入ってからインドに比べて格段に食堂が減った。しかも食堂っぽいのに食べ物を置いていなかったりもする。お昼を食べるタイミングを見失わないようにしなくっちゃ。 それにしてもネパールは物価がインドより安いのかと思っていたのだけれども、今のところ同じが少し高いこともある。もしかしてボッタクられてる?なんだか物価がつかめなくて半信半疑。 今日の宿は今までで一番しょぼかったのだけど、広いし床がコンクリートで、テントを床に立てられたので意外と居心地は悪くない。一泊250円だもの文句も言えず。今日はひろの誕生日だっていうのにね。せめてものプレゼントに今日は奮発してカールスバーグビール。昨日のビールとは打って変わってうまーい!!。この村でできる唯一の贅沢だったと思う。今日は思いのほか良く寝れた。こんなに寝れたのはリシュケシュ以来かもしれない。(ようこ) |
2012.10.21 | Lamki – Kohalpur | 91km | Hotel |
ネパールは朝が遅いのか朝食を食べる場所がなくて困る。10数キロ先の次の町Chisapaniまで走ってでようやく朝食休憩。美味しかったのだけど、予想価格の3倍以上という超ぼったくり価格を言われて愕然とする。ネパリは素敵な笑顔で結構ぼったくるので要注意だ、これからはあらかじめ値段を聞いてから注文しないと。チサパニを出るとナショナルパーク沿いの森が続く。森に入ったとたんに鹿が出てきたけど、結局動物を見たのはその時が最初で最後だった。ネパールは村を通って人と挨拶しながら走るのが楽しいので、森の中を走るのはいまいちつまらない。 昼休憩の村でダルバート(米&豆&野菜の定食。インドでいうターリー)を探したのだけど、一人100Rsと言われてなんだか釈然としない。ネパールはインドより安いと思い込んでいたのに、100Rsだったらインドと同じじゃん。これはぼったくりなのか、適正値段なのか、ネパールの物価がいまいちつかめない(後々の体験によると田舎ではダルバートは80Rsから100Rsくらい。でも現地人は果たしていくらで食べているんだろう?)。つかめないと言えば、スナックや飲み物もパッケージに印字されている値段より高い値段を言われる。インドでは基本的に印字通りの値段だったので、これもぼったくりなのか何なのか、とにかく物価感覚がつかめない。でも少なくとも店によってまちまちの値段をいうのだから、少しはボラれているんだろう。ちなみに後々実感することになるのだけど、どうやらネパールはここ数年で急激に物価が上がっていて、物価はインドとほぼ一緒か、下手すればインドより高いくらい。ネパールがインドより安かったのはもはや過去の話になってしまったようだ。 お金が絡むとハテナマークがつくネパール人だけど、相変わらずお金に絡まない人々は笑顔で元気に挨拶をしてくれてすごく感じがいいので、走っている分にはとても楽しい。西ネパールのタライ平原は道的には単調でつまらないけど、人と挨拶しながら走るだけで幸せになるルートだ。 今日の町コハルプールは大きな街だったけど、なかなか宿が見つけられず苦戦する。ネパールは宿や食堂の看板が控えめなので、かなり注意して見ていないと見落としてしまうのだ。しかもネパール人に宿の場所を聞いてもみんな「あっち」「こっち」とアバウトな答えしかくれない。同じ道を何往復もしてようやく開いている宿を発見できた。晩御飯は掘立小屋風の食堂でダルバート。疲れいて早く寝たかったので夕方6時くらいに食堂に行ったのだけど、出てくるまでに1時間近くかかった。でも店員はいい人だったし美味しかったので良しとしようか。(ひろ) |
2012.10.22 | Kohalpur – Lamahi | 110km | Hotel |
今日も朝早く出発。特に今朝はさわやかな森の中を走ったので、木漏れ日がなんとも美しかった。美しいのは良かったのだけど、今日は村が少なくて結局朝食にありつけたのは40km後。食堂にはインスタント麺を使ったチョウメンしかなかったけど、助かった。ここのおじさんは気のいい正直モノで卵入りチョウメンが30ルピー、チャイ10ルピーだった。小さな村の小さな食堂のおっちゃんがそれなりに英語が喋れる。インドよりネパールのほうがまともな英語を話す人が多い。インドは思いのほか通じなかった。 昼はちゃんとダルバートが食べれるところが見つかってホッとする。ダルバートはインドのターリーと同じくおかわり自由。しかもインドはダールとご飯以外は言わないと持ってきてくれないことが多かったけど、ネパールはおかず類もガシガシと持ってきてくれるのが嬉しい。チャリダーのためにあるようなものだ。ダール(豆のカレー)はインドのほうが好きだったけど、おかず類はネパールのほうが種類も多いし、やさしめの味で好き。あ、でもチャパティはネパールではついてこないので恋しいな。昼後はだいぶ村が増えてきて、再び挨拶の嵐がつづく。景色は大して変化がなくてつまらないのだけど、人々の笑顔を見れるだけでもネパールを走ることにしてよかったとつくづく思う。今日の宿泊地Lamahiは国境の街以来の大きい町で、やっと美味しいクッキーや蜂蜜などを手に入れることができてちょっと満足。夜はチョウメンとモモ。チョウメンは味の素を入れないでと頼むようになってからはなんとか食べれるようになった。ネパールに来て初のモモは美味しかった。ネパールのモモしか知らなかった私たちはラダックで食べるモモが全然美味しくなくて撃沈していたけど、やっぱりネパールのモモは美味しかった!!よかったよかった。(ようこ) |
2012.10.23 | Lamahi – Butwal | 123km | Hotel |
今朝はすごい霧で先がよく見えなくて危なっかしい。26kmほど走ったBhalubangで茹で卵と揚げた砂糖菓子という朝食を頬張る。普段なら絶対手を出さなそうな油ギトギトの揚げ菓子だけど、自転車に乗っている時はこういうハイカロリーフードが美味しくてたまらない。Bhalubangを過ぎると小さな峠が待っていた。リシュケシュを出て以来もう7日間も登り坂がない平坦な道が続いていたから新鮮だ。といっても登りは緩やかだし、事前情報よりも標高が低かったので、あっという間に登りきってしまう。頂上のSaddlePointを越え、少しアップダウンをした後はグーンと下り、再び標高100m台に戻って、麓のChanautaで再び茹で卵休憩。ネパールに入ってから一体何個茹で卵を食べたんだろう。西ネパールの食事はかなりレパートリーが乏しい。大きめの町じゃないとダルバートを昼から食べるの難しいので、昼ご飯はチョウメン(焼きそば)か茹で卵、それか油ギトギトの揚げ物類くらいしかないのだ。 Butwalに近づくにつれて徐々に家が立派になってきた。到着したButwalはかなり大きな街。でもあいにく今日、明日はダサイン祭り(15日間続くネパール最大のお祭り)の一番重要な日で、ほとんどのお店が閉まっている。お店どころかホテルだって軒並み閉まっている。いくら日本の正月みたいに重要な日だからってホテルまで閉まるってどういうことよ。今日は長いこと走って疲れているのにホテル探しはかなり難航し、結局クオリティの割にやけに値段の高いホテルしか見つからなかった。しかも「明日は朝からお祈りに行くから朝7時に出て行ってくれ。」という過酷な条件付き。ううむ。 シャワーもそこそこにとりあえずご飯を食べようと街に繰り出してみたものの、閉まっているのはお店やホテルだけじゃなく、街中の食堂までしまっている始末。街中を歩き回った結果、夕食は屋台のモモ、茹で卵、サモサ、チョウメンという、まるでお祭りの屋台巡りみたいな内容になってしまった。ダサイン祭り、恐るべしだ。(ひろ) |
***2012年スライドショー!***
2012年の表紙を飾った22枚の写真たち、ただいまトップページでスライド形式にて公開中です。
2012年の旅は南米アンデスにはじまり、南米周遊、ヨーロッパアルプス周遊、北インドのラダック地方、ネパールと盛りだくさんでした。
充実の一年を、渾身の写真22枚と一緒に振り返りましょう!
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