ようこの両親と合流するまで3日ほど時間ができたので、スペイン北東部バスク地方のビルバオに住む友人に会いに出かけた。
コロコロ変わる表情がとても可愛らしいスペイン人プラドと、無類の自転車好きで随所に男のこだわりを見せるフランス人ギヨームのカップルとは、2年前にパタゴニアで一緒に走った。
パタゴニアで一緒にいた時間はそれほど多くなかったのだけど、2年間のブランクを全く感じない。気が合うかどうかは過ごした時間の長さじゃないのだ。
僕らがヨーロッパに行く度に「遊びにおいで」と誘ってくれていたホスピタリティに溢れる二人には、バルに連れて行ってもらったり、ドライブに連れて行ってもらったり、スペイン料理をふるまってもらったりと、心の底から大歓迎してもらった。
妊娠が判明したばかりで幸せオーラ満開の二人と過ごす時間は楽しくて、毎晩おしゃべりに熱中して気がつけば深夜を回っている日々が続いた。
出窓が可愛らしいビルバオの街並み。スペインは街ごとに雰囲気が違って楽しい。
パタゴニアの思い出からスペインの生活まで色々な話をしたのだけど、衝撃的だったのは二人の職探しの話だ。
スペインは27.2%という驚異の失業率を誇っている。若年層(16歳から24歳まで)に至っては失業率57.2%というあきれた数字だ(2013年1ー3月期)。若者は2人に1人も就職できないのだから、就職氷河期とかいうレベルじゃない。
ところがスペインの観光地を回っている限り、そんな不況な空気など微塵も感じられない。
みんなカフェやバルで気軽に外食しているし、ホームレスも多くないし、何もしないで広場や道端でボーっとしている人もあまりいないし、街はとてもきれいでメンテナンスも行き届いているし、何より人々の表情が明るくてガツガツした雰囲気がない。
ポルトガルのリスボンにいた時は、ペンキの剥げ具合とか壁の崩壊具合とか、街全体を覆うどんよりした空気とか、行きかう人々の眼つきとか、そういうところで不況がリアルなものとして感じられた。
スペインはそういう負の空気が感じられない明るいお国柄なのだろう、「今スペインは景気が良くてさ」と言われたら「へー、やっぱりそうなんだ。」と素直に信じてしまいそうなほど、明るい空気に満ちている。
ギヨームに連れて行ってもらったバイクポロ。こんな競技があるなんてはじめて知った!
でも二人の話を聞くと、ああやっぱり不況なのだと驚いてしまう。
カナダから2年前に引っ越してきた彼ら。プラドは仕事が決まるまで10か月もかかったそうだ。
スペイン語とフランス語と英語がペラペラで、大学でビジネスの学位を取得していて、今までもきちんと働き続けてきた、明るくて気がきく素晴らしい女性なのに、10ヶ月間就職活動をし続けて面接までこぎつけたのがわずか数回しかなかったというのだ。
今でも希望の職種で働いているわけでも、フルタイムで働いているわけでもない。仕事内容も収入も彼女の能力に見合っているとは到底思えない。
技術職のギヨームは比較的すぐ仕事が見つかったそうだけど、それでも同僚たちは解雇されるのを恐れて上司の言うままだというし、突然給料を下げられても文句を言えないほど雇い主の立場が強すぎるとぼやいていた。同じ仕事をフランスでしたら給料は2倍近くもらえるそうだ。
それでも二人して仕事があるのだから、私たちはラッキーなのよと明るく笑っている。
ビルバオのマーケットは屋根付市場としてはヨーロッパで一番大きいそう。とても活気があって歩いているだけで楽しい。
子供も生まれることだし、ギヨームの故郷フランスに引っ越すかもしれないと話していた。
そりゃそうだろう、僕だったら我慢せず一目散に隣国フランスに駆け込んでいる。
こうやってまた一組の素晴らしい人材がスペインから流出していくのだ。
二人の話を聞いた後は、スペインの明るい表情をした学生たちを見る度に複雑な気持ちになる。この先大丈夫なんだろうかと、当のスペイン人以上に心配になってしまうのだ。
スペイン人の明るさと適当さがなかったら、きっと国民全体で気を病んでいるに違いない。
やっぱり観光客として回るだけでは、その国の実態はなかなか分からないものだ。
トラムの線路も緑化してみたり。かつて工業の街として公害がすさまじかったビルバオは、再開発により緑豊かな街へと生まれ変わっている途中だ。
そんな不景気な話も明るく楽しくしてくれるのがスペイン人。
大変なんだねと深く同情しつつも、何んだかんだと奢ってもらって立つ瀬がないのが日本人。
ありがとう、プラドとギヨーム。そしてすてきな両親のもとに生まれるまだ見ぬベイビーちゃん。
旅先で受け続けている無償の優しさ。
いつかそれを誰かに与えられる存在になれるよう努力すること、それが僕たちのできるせめてもの恩返しだ。
遠くからも異彩を放つ、グッゲンハイム美術館。