Nov,12,2012

無意味に鳴り響くクラクション。ゴミゴミした街並み。溢れるモノやゴミ。
そして大きな目でギョロギョロと食い入るように僕らを見つめる人々。

ナコ村を離れてヒンドゥ圏最初の街レコンペオに入った時、二人で大きなため息をついた。
「ああ、ここはインドだ。」

ナコ村でチベット圏を離れ、ヒンドゥ色の濃いキナールバレーに入る。
自転車でたった一日の距離だというのに、別の国に来たのかと錯覚してしまうほど街の様子ががらりと変わった。
今振り返ってみればレコンペオなんて全然穏やかで静かな街だったと思うのだけど、それでもチベット圏から来たばかりの時は、そのカオスさとディープさに驚きを隠せなかった。

所狭しと並ぶ商店、街を行き交う人の多さ。何倍にも膨れ上がった交通量。
みんなが無意味に鳴らし続けるクラクションがカオス感をより一層醸し出している。
限られた時間しかなかった電気だって、ここでは当たり前のように一日中付いている。
そして何でもそろう商店。クッキーにせよ野菜にせよ果物にせよ、何を買うにも「選択肢」がある。
いくらチベット圏が辺境にあるといはいえ、たった100km走っただけでこんなに都会度が違うなんて、チベット圏はそんなにインド政府から見捨てられた土地なんだろうか。


キナールバレーを離れ、サングラバレーへ2日かけてサイドトリップへ。標高差1600mの谷を一気に上る。

なにより違うのは、街ゆく人々がみんな濃いヒンドゥ顔をしていることだ。

ヒンドゥ圏の人々はとても頭がよく、とても働き者だ。
商店でやりとりをしていると、やっぱり頭が切れるんだなあと感じることが多い。特に在庫把握能力やお釣りの計算なんて、他の国々の人たちは是非とも見習ってほしい。
道路工事の人も、商店の人も、レストランの人も、誰かに見られているかどうかに関係なく、いつも一生懸命働いている。チベット圏の人々もよく働くなと思ったけど、ヒンドゥ圏の人々はさらに輪をかけて真面目だ。インド人労働者が中東などで重宝されるのは、やっぱり理由があるのだ。


サングラバレーの終点、チクトゥル村。

でも、首振り人形のように首をクネクネ横に振りながら喋るのはやめてほしい。
商店で「○○ある?」と聞くと、「ない」とばかりに気の抜けた顔で首をクネクネ。
「どこに売ってるか知ってる?」と聞くと、「しらん」とばかりに気の抜けた顔で首をクネクネ。
次の店に入っても、気の抜けた顔で首をクネクネ、クネクネ、そしてクネクネ。
ううん、これからのヒンドゥ圏は「いかにイラっとしないか」という精神的な修業になりそうだ。

そしてギョロリとした大きな眼で僕らのことを食い入るように眺め、自転車を何の断りもなく触ってくるのも勘弁だ。
「なんだよ、こっち見るなよー」と文句を言ったところで何の反応もない。謝るわけでも、目をそらすわけでも、距離をあけるわけでもなく、ましてや立ち去るはずがない。
いつまでも、やけに近い距離から、心ゆくまで僕らと自転車を見続けている。ギョロギョロと無遠慮に見物されるのはやっぱり気持ちのいいものじゃない。
でもこれだけ欲望のままに見たり触ったりできればストレスはたまんないんだろうと、妙な感心の仕方をしてしまう。


キナールバレーも幹線道路を離れるとこんな日本の田舎に似た風景が広がる。瓦屋根にみえる屋根だけど、よく見ると石造りだ。

変わったといえば、風景もがらりと変わった。
3000m以上あった標高もぐんぐん下がり、周囲はこれでもかというくらい緑で溢れている。
松の香りを嗅ぎ、セミの鳴き声を聞きながら走っていると、まるで夏の日本にいるかのような錯覚を覚える。
もちろん気候も全然違う。標高が2000以上も違うのだから当然だけど、気温が高く蒸し暑いので、汗がだらだらと流れ落ちてくる。
しかも今日は2000m、明日は3600m、次の日は1000mと、標高が毎日劇的に変わるので体に辛い。


サングラバレーの終点、チクトゥル村の風景。こんな田舎町でも一日中電気が通っていた。

そのせいなのか疲れのせいなのか、北インド旅の終着点リシュケシュまであと200kmというところまで来て、二人とも風邪を悪化させてダウン。最後は高熱を出しながらバスに乗ってリシュケシュに辿り着くという情けないエンディングを迎えることになってしまった。
まあ僕ららしい終わり方で、いいのかもしれない。

ここリシュケシュはヨガの聖地として有名な場所。
次のネパール編に突入するまでの間、休憩と養生を兼ねてしばらくヨガ三昧の穏やかな日々を過ごそうと思います。


キナール様式の屋根。どこか懐かしさを感じる。


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