レーでは気の抜けたような休憩の日々を過ごした。
仕事をしている人にとって平日がオンで週末がオフだとしたら、
自転車旅をしている僕らにとっては自転車を漕いでいる日々がオンで、街での休憩がオフになる。
わざわざラダックにまで来て何してんの?と突っ込まれそうなダラダラした日々だったけど、
このオフの時間がとても重要で、
体の疲れを取り、心を整理し、そして次のステージへの準備をする大切な時間なのだ。
それにしてもラダック&ザンスカールの日々は贅沢で濃い1か月間だった。レーを出発したのがほんの1か月前だったのかと、改めて驚いてしまう。
もし1年のうちに6週間ほど連続して休暇が取れれば、
仕事を続けながらも、日常生活を保ち続けながらも、毎年こんなにワクワクして、さらにリフレッシュもできる贅沢な時間を持つことができる。
なにもこのザンスカールの旅に限らない。いままでの僕らの旅を思い返してみても、6週間もあればノルウェーやアルプス、パミール高原やアンデス越えといった憧れの一大イベントを楽しみ尽くすのに、またはどこか1か国をたっぷり堪能するにも、過不足ない時間だ。
もちろん旅行だけじゃない。なにか新しいことを始めるのにも、家族とゆっくり一緒に過ごすのにも、自分とゆっくり向き合うのにも、自分の趣味に没頭するのにも、6週間は充分な時間だと思うし、決して長すぎるとは思わない。
それに毎年そういった時間を取れるのだと思えることで、新しい事に挑戦したり新しい出会いを受け入れるポジティブな気持ちを保ち続けることもできるし、
そういう気持ちを維持できることで、例えばリタイアした途端に「え、何しよう・・・」と途方に暮れるなんて悲しい事も少なくなると思う。
それが可能だったらどれだけ充実した人生になるのだろう。
僕らだってわざわざ仕事を辞め日常生活を捨ててまで旅に出たりはしない。
毎年6週間の休暇なんて、無責任な旅人が非現実的でふざけた事を言って・・・と思う人もいるかもしれない。
実際、日本はアメリカ型のライフスタイルを導入しているので、休みといえば長くて1週間、運が良ければ新婚旅行で2週間がせいぜいだし、有給制度なんてリタイア直前に「仕事をしないで給料をもらえる数ヶ月間」に変容してしまっている。
だけど、この日本のライフスタイルは決して世界の常識ではない。
ヨーロッパ、特にフランスやオランダなどでは1、2か月の休暇なんて全く珍しい話ではない。
それも特殊な職業に限った話ではない。職種にもよるのだろうけど、基本的には民間会社だろうと公務員だろうと毎年1か月くらいの休みはごく常識的に取れるし、休暇後もごく普通に職場に戻って日常生活を過ごしている。
それでいてヨーロッパの国々は、まあ色々あるとしても、基本的には国家としてちゃんと成り立っているのだ。
ましてや真面目で仕事能力の高い日本人だったら、同僚が6週間ほど抜ける穴なんて簡単に埋められるのは間違いない。周りの目をいい意味でも悪い意味でも気にする日本人だけど、逆に言えば、周りがみんな長期休暇を取る風潮になれば、周りの目だって気にならないはずだ。
僕らが北海道に移住して自然を満喫していると話したら、東京の友人に「ライフ・ワークバランスがとれていていいね」と羨ましがられて、「ライフ・ワークバランス」なんて言葉が存在する事自体が悲しいな、と思ったことがある。
ちゃんと調べたことはないけど、きっと和製英語かアメリカ英語かなんじゃないだろうか。
ヨーロッパの人々にとっては当たり前すぎて問題にする必要すらないからだ。
「日本だと1週間の休みで弾丸ツアーに出るか、仕事を辞めて年単位の長期旅に出るか、どちらかになっちゃうんだよ」
「休日に何をしていいか分からなくて職場に行っちゃう人だっているんだよ」
「仕事が終わると終電も終わっているから毎日タクシーで帰る人もいるよ」
「ものすごく忙しい人は朝9時から5時まで働くこともあるんだって。あ、5時って朝の5時ね」
「忙しすぎて日曜日や朝食時くらいしか顔を合わせられない夫婦もいるらしいよ」
「有給制度もあるけど、2週間連続で有給取るなんて日本だと非常識と思われるかな」
日本人がいかに真面目に働いているのかをヨーロッパ人に話すと、よくできた冗談だと思われる。
それが冗談でないと知ると、
「平日には自分の時間、自分の人生なんてないも同然だね」
「それで自分は幸せなの?家族は幸せなの?」
「そんなに働いたって効率が悪いだけじゃないの」
ともっともな突っ込みを頂戴することになる。残念ながら僕には返す言葉がない。
冗談といえば、ずいぶん昔の話だけど、ある新聞でロングウィークエンド(休日を月曜に移動して3連休にすること)導入についてどう思うか?というアンケート結果を読んだことがある。
過半数の人が反対していることに衝撃を受けたのでよく覚えているのだけど、さらに衝撃を受けたのが反対の理由で、
理由のダントツ1位は「そんなに休みがあっても何をしていいかわからないから」だった。
ブラックジョークだろうか?と本気で首をひねり、隅々まで読み返してしまった。
なんだかヨーロピアンライフ賛歌のような内容になってしまったけど、
この旅の中で数えきれない人々の生活を垣間見てきて、一番違和感を覚える「日本」の一つがこの異常ともいえる仕事環境なのだ。
今の日本を作り上げてくれた大先輩たちにとっては、軟弱な若者の無責任な戯言に聞こえてしまうのだろうけど、僕にとっては本気で考えるべき日本の大問題、日本人の真面目さの大弊害なのだと感じる。
だって世界はこんなにも広くて、こんなにも無限で、こんなにも楽しいことがたくさんあるのだ。
たとえ明日死んでも「ああ、楽しい人生だったなあ」と微笑みながら死ねるような生き方に、乾杯!