Jul,29,2012

世界中でいろんな人にお世話になり、世界中で歓待を受けている。
いつもホストしてもらってばかりの立場で偉そうなことは言えないのだけど、
人をホストするというのはなかなか難しい。


スイスの自転車道はこんな感じ。ザッツスイス!な風景が広がる。

例えばイランでは、自分の想像の域をはるかに超える大歓待を受け続けた。
本当に素晴らしい経験だったけれども、時に「え、そこまで?」と唖然としてしまう事もある。
ちょっと足を伸ばしたら、「どうした。」「いや足を伸ばしただけ。」「何だ足が痛いのか?マッサージ屋に行くぞ。」という流れになるので、下手に指一本動かせなかったりする。
シリアやヨルダンでは、近隣の親戚一同が次々に夜中まで僕らを訪ねてきてくるので、汗だらけの服を着替える暇も顔を洗う暇もなかったりする。
一日中自転車で走って疲れているところに、みんなが全力で自分の街を紹介して周ってくれるので、すごく嬉しいしとても楽しいのだけど、体を休める時間が欲しいなあと思ってしまったりすることもある。
いや、お世話になっておいて本当に偉そうな話なのだけど。

約3年間の自転車旅を終えたばかりのナディンとゲイツは、
きっと僕らと同じように色々な人に色々な形でホストされてきて、いい思いも困った思いも同じようにしてきたんだろう。
大歓待をしてくれながらも僕たちを下手に疲れさせない心地良い距離感は、きっと同じ経験をしてきた人にしかできない事なのかもしれない。

「テントはあそこで乾かせるよ」「インドに向けてあのパーツ必要じゃない?」「写真をDVDに焼くなら言ってね」「買い物ならまとめて車で行くから欲しいものリストアップしておいてね」と、まるで僕たちの「この街でやっておきたいことリスト」をこっそり盗み見たんじゃないかというくらい、的確なオファーをくれる。
それでいてグッタリ、ボーっとしたりする時間もさり気なく与えてくれて、いい意味で放っておいてくれる。
さらにスイスの伝統料理でパーティーをしてくれたり、買い物のついでにフリブールの街を案内してくれたり、僕らが「ドイツの白ソーセージが好きなんだよね」とさりげなく言ったのを覚えていてくれて最終日にソーセージパーティーを準備してくれたりと、全身全霊をかけて大歓待してくれるのを忘れない。

きっと、彼らが旅で得た大きな財産のひとつなんだろう。
旅先では数えきれない人たちと出会う。
自分の理解を越えるような優しさを沢山もらい、時に残念な思いもする。
疲れている時に優しさや明るさに救われたり、時に悲しいことをされたりする。
出会いは、なにも直接お世話になったり話をした人たちとのそれに限ったことじゃない。
道行く人から無数の素敵な笑顔をもらったり、逆に意地悪い顔をした人の視線が痛かったりするのも、大切な出会いのひとつだ。
そういう出会いを繰り返すことで、その時は特に意識することがなくても、自然と自分の中にささやかな感情や想いがたまっていく。
「どの出会いが。」と特定することはできないけれど、そうやって蓄積されたささやかな感情や想いが、ゆっくりと消化され、そして以前の自分とは違う「何か」を自分の中に作り出していくのだ。

ナディンとゲイツから全力の、でも限りなく心地の良い歓待を受けていて、
彼らは「出会い」という財産を、ポジティブな形で吸収し、それを表現できる人たちなのだと思った。
僕らもこの旅を終えた時、彼らのように、自分たちの貴重な財産をポジティブな力に変えていくことができるだろうか。
日本に帰った時の課題が、また一つ増えた気がする。
でもこんな課題を持てるなんて、なんて幸せなことだろう。


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