Mar,17,2011

4日目、パイネサーキットで一番高い峠を越えた。
一番高いといっても標高1200m程度の峠で、冷たい雨が降っていて手足がひどく痺れてくるのが辛かったけど、登り自体はそれほどきつくはなかった。
今日の峠越えの景色は素晴らしいと聞いていた。
山の天気は変わりやすいっていうし、それに峠を越えたら天気がガラッと変わることだってあるし、
希望を捨てちゃいけないよね。
パイネサーキットトレッキングももう4日目。
あと2日たったらWトレッキングと合流する。
今日までのところ格別パイネサーキットをトレッキングして良かった!という感じがないだけに、
ぜひともこの2日間でWトレッキングとの違いを見出したかった。


始めにこの景色が目に飛び込んできたときは天気の悪さを呪った。

あいにく峠の向こうもグレーの空が広がっていた。
雨も強くなってきたし、気温もグンと下がってきて、益々手足が痺れてくる。
しょんぼりしながら頂上を告げる大きいケルンを横目にとぼとぼと進む。
下ばかり見ながら歩いていた私を、先を歩いていたひろが大声で呼んだ。
「ねえ、よーこ。ねぇってば」
ふと顔をあげたら、ひろの先に雲海のような白いようなグレイのような大きな何かが広がっていた。
思わず目を細めて見た。
氷河だ。あ、もしかしてこれがグレイ氷河?
そう気付いた頃には吸い込まれるようにグレイ氷河に向かって勝手に足がグングン進んでいた。
濃い霧に包まれたグレイ氷河は神秘的だった。
ダイナミックなペリト・モレノ氷河のようなゴージャスさはないのだけど、繊細なそして柔らかい芸術品のような気品があった。


でもどんどんこの天気の中の氷河の美しさに心惹かれていった。

寒さで痺れて震えている手に気をつけながらカメラを出した。
雨でカメラが濡れると困るから機敏に動いてササッと写真を撮りたかったのだけど、なにせ手がもつれる。
それに写真でこの空気を切り撮りたいという気持ちと、カメラのファインダーをのぞくのすら勿体なくて目の前の神秘的な空気と光景をまじりけなく堪能したい気持ちが交差してもたもたするものだから、無駄にカメラが濡れていく。
ペリト・モレノ氷河を見たとき、もう氷河はいいやと思ったし、これ以上の氷河はないと思った。
でもこの日出会ったグレイ氷河の美しさは、もしかしたらペリト・モレノ氷河以上だったような気もする。
私は半ば放心状態でカメラを落としそうにすらなった。
それでもあまりの寒さと雨で長居は出来なかった。
それもそのはず、私の30分後に峠を通過した人たちは雪が降ったと言っていた。
寒い峠、短い時間、ベールのような霧がグレイ氷河を最大に演出したのかもしれない。


もちろん、晴れた空のもとのグレイ氷河は美しかった。

私をあっという間に現実に引き戻したのは峠後の急坂だった。
異常に滑る。堅い地盤の上にうっすらと泥が載っているような道で、全く踏ん張りが効かずにズズズズと滑る。こんなに滑る山道は初めてだし、さらに重い荷物を背負った体を止めるのはひどく困難だった。
ついさっきまでは明日晴れたらもう一度この峠に戻ってこようかなと思ったけど、
この下り坂でいっきにその気持ちも萎えてしまった。

今晩は一層寒い夜だった。
寒すぎてテントから出るのが億劫で夕飯をパスしたくらい。
でもいい日だった。
晴れたらもっと美しく見えたのだろうか、もしかしたらグレイ氷河は今日のようなコンディションのほうが一層神秘的に見えたのではないだろうか、
やっとホクホクした気持ちで寝れた晩だった。


あー、なんて贅沢な空間。

翌日起きたらすっきりと晴れた空が見えた。
朝食を食べたら再び峠へ向かおうと、相談するでもなく二人とも自然に峠に足が向かった。
荷物なしの登りはあっけなく、1時間で済んだ。
昨日恐ろしくズルズルだった道もすっかり乾いて歩きやすい。
そして辿り着いて再会したグレイ氷河は今日もまた美しかった。
でもやっぱり昨日見たグレイ氷河のほうが、神秘的でドキドキさせられる魅力があったかもな。


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