Mar,08,2011

カラファテを出て50km近くは東に向かうので追い風と共に走った。
この地帯も強風で参らされているサイクリストも多く、いよいよ恐怖の向かい風、横風を体験するときがやってくるのだろうかとビクビクしながら走る。
進む方向が東向きから少しずつ南向きに変わっていっても、何故か今日の風はどうやら後ろから吹いてくれている。お陰で600mの標高ゲインも驚くほど楽ちんだった。
本当に強風は吹くのだろうか、みんなの話しは実は大袈裟なだけなんだろうか、

途中から未舗装になったけれど、風が味方してくれたお陰で、気付けば120km以上走っていた。
先に走った仲間からの情報によれば、この付近に警察署があって、建物の影でテントを張らせてくれるということだった。
今はほとんど風が吹いていないけれど、いつ強風が吹くか分からない。
西風をブロックできる場所にテントを張らなくては、おちおち寝ることもできないかもしれない。
そろそろ体も疲れてきて、いい加減泊まりたいのだけど、その警察署はなかなか現れない。
やっと建物が見えた!と思ったら、どうみても民家だった。
少し先に走っていたひろが、ちょうどその民家への入口付近で不満そうに立ちすくんでいる。
近寄ってみたらなんとひろの自転車がちょうどパンクしていた。


ある日の昼ごはん。南米はアボガドが美味しいので常備品。

中東・アフリカ縦断で、アジア横断で、これでもかというほど民家にお世話になっていた私たちだけれども、パタゴニアに入ってから一度も民家でテントを張らせてもらったことはなかった。
それは、今まで走ってきたパタゴニアが、安全でどこでもテントを張ることができて、あえて地元の人々の助けを得なくても楽しくキャンプ生活ができたということもあったけれども、
どこか、溢れるほどいるサイクリストに地元の人々も飽き飽きしていて、
助けを求めてもあまりいい顔をしてくれないのではないだろうかという気がしてならなくて、
もちろん挨拶はするものの、積極的に助けを求める気にはなれなかった。
もしかしたら嫌な顔をされるのかもしれない。

もうすぐ日が暮れる。
そしてひろの自転車がペシャッとパンクしている。
もし探している警察署がなければ、つぎの家は40km先だ。
それなのに、ひろがもう「この民家にテントを張らせてもらえるようにお願いしよう。」と言っても、
私は疲れている体に鞭を打って1.5km先まで警察署があるかもしれないと探しに走った。
そんなに嫌な顔をされるのが怖いのか、、。
自分でもそこまで恐れていることに驚いた。


こんなところでこんな時間にパンク、、、

案の定警察署はなくて、仕方なしに民家にテントを張らせてもらえるように頼みに行った。
道路から500mほど入ったところに家はあったのだけど、
たまたまゲートのところに家主のおじさんがいた。
「hola!」
精一杯の笑顔で、おじさんに話しかける。
「ここにテント張らせてもらえますか?」
言ってしまったら、なんだかスッキリした。
おじさんは笑顔で、「いいよ。テントは持ってるんだよね。」
と私に確認しながら奥にある家の方を指差した。
おじさん、笑ったよね、おじさん、笑ってくれたよね。
「ふぅー。」、緊張のあまり10cmくらい縮んじゃったかと思った身長が元に戻った気がした。
「あのね、もう一人の自転車がパンクしちゃったから、もう少し後で戻ってくるから。」
私にしてはかなり上等なスペイン語もスルッと出てきて、ルンルンでひろの元に戻った。
再びひろとおじさんの元に戻ったら、
おじさんと息子と娘が大きな納屋に連れて行ってくれた。
「この中でテントを張りなさい。」


風がよけられれば十分だったのに、ちゃんとした家の中にテントを張らせてもらってありがたい。

1時間半くらい経ったころ、トントンと納屋のドアがなった。
開けてみたら小さなふくふくとしたお母さんと、
お母さんにそっくりの息子が二人でニコニコして立っている。
「hola!」と初めて会うお母さんに挨拶したら、お母さんがそっと両手を出してきた。
両手にはお鍋が載っていて、
「熱いから気をつけてね」と鍋敷き代わりのタオルと一緒に私に渡した。
一瞬なんのことだかわからなくて、とりあえず「ありがとう」と伝えて慌てて納屋の中に戻って鍋を開いてみた。
蓋を開けたらふわっと温かい湯気とともに、美味しそうなお肉とご飯と卵が見えた。
納屋の中から再び「ありがとーー!!」と叫んだ。
お母さんと息子がニコニコ満面の笑みで振り返って、大きく手を振って母屋に戻っていった。
ついさっき晩御飯に500gのパスタ(日本では1人前100gが標準らしい)を二人で食べきって、お腹がいっぱいだったのに、この家族の気持ちがあまりにも嬉しくて、そしてお肉の匂いがあまりにも良くて、ひろも私もペロリと第二の晩御飯を食べきってしまった。
お肉の味も味付けも、採りたてだろう新鮮な卵の味も本当に美味しかったけど、
お母さんと息子のとびっきりの笑顔が、この家族のそっともてなしてくれた温かい気持ちが嬉しくてうれしくて泣きそうだった。
さっきまで、テントを張らせてくれと頼んだら嫌な顔をされるかもしれないってビビっていたくらいなのに、嫌な顔どころか最高の笑顔で出迎えてくれた家族になんとお礼を言ったものだか。

同じことが私もできるかしら。
いつも人々の親切を受ける度に思う。
毎日とは言わずとも何日かに一回サイクリストが通りかかって、泊めてくださいと頼んでくる。
修行僧でもなんでもない、楽しみのために走っている旅人が、風が強いと困るからテントを家の傍に張らせて欲しいんですって、次から次へとやってくる。
私がこの民家の人だったら、毎回こんなに優しい気持ちで迎えられるんだろうか。

私はまだまだ修行の段階だ。
自分じゃ到底できないような親切をこの2年間貰い続けてきた。
その度に私が彼らの立場だったら、同じように親切に対応できただろうかといつもいつも考えた。
まるで沢山の例題を参考にして学んでいく数学の方程式ように、私は沢山の親切のあり方を学んでいる途中なのかもしれない。
いつか数式が頭の中に入る様に、自然に人に親切になれるようになる日がくるのだろうか。

お母さんの笑顔を息子が満足そうに覗いた顔も忘れられない。
きっと彼もまた、お父さんのようにお母さんのように自然に人を温かくもてなす大人になるのだろう。


yoko | Patagonia
© yokoandhiro All rights Reserved. | 管理者ページ