Feb,06,2011

この道のどこかで、僕は何か啓示を受けたかような凄い衝撃を受ける。
その衝撃が忘れられない僕は、数年後、すぐに帰るからと言い残して単身その場所に戻ってくる。
そこには見知らぬ少女が僕を待っていて、僕はその少女にある老人の元へ導かれる。
そしてその老人は、僕の人生を変えてしまうような決定的な“何か”を僕に示してしまう。

リオ・タランキーロ村から一旦カレテラ・オウストラルを外れ、片道52kmのサイドトリップに出かけた僕は、サイドロードに入ってすぐにこんなバカな妄想をし始めた。
いやぁ下手な小説の筋書きじゃないんだから、と自分でもおかしくなったのだけど、
まさかこのヘンテコな妄想が、これから始まる不思議な旅路の序章だったとは、その時は思いもよらなかった。
そう、この1泊2日のサイドトリップ、普通ではありえない摩訶不思議な事の連続だったのだ。


このカレテラ・アウストラルでいくつも見た氷河だけれども、この氷河が一番迫力があった。

このサイドロードはまだ工事中で、52km先にあるエクスプラドレス氷河展望台で行き止まりなのだけど、その道中がとても美しいと評判の道。
久々に雨がやんで青空が広がっているという事もあって、かなりテンションをあげながら突入した。

実際、カーブを曲がるごとに、エメナルドグリーンの美しい湖、無数の豪快な滝、氷河を抱いた雪山などが次から次へと目に飛び込んでくる、とても美しい道だった。
ようこはさっきからウキャウキャ言いながら写真を撮っている。
でも僕は、こんなに綺麗な道なのに、何故かこれ以上先に進みたくないという気持ちが膨らんでいった。
この先に進んだら戻ってこれないんじゃないかという理由もない不安に襲われて、とにかく進むのが怖くてたまらない。
行く先が厚い雲に覆われているからか?、この道が行き止まりだからか?、強烈な向かい風だからか?
色々理由を考えてみるのだけど、これといった理由はどうしても見当たらない。
でもとにかく不安で怖くてたまらない。こんな変な感覚は生まれて初めてかもしれない。
それでも景色は抜群に綺麗だし、途中で引き返すこれといった理由はないので、
「大丈夫。気のせい、気のせい」と自分に言い聞かせて、奥へ奥へと進む。

最初の10km地点で、自転車とキャリアをくっ付けているネジ穴(ダボ)がポッキリ根元から折れた。
まあ、これはもう4回目なので慣れたもの。これくらいなら別に大したことじゃない。


このサイドトリップの後半は電線もないし、深い大自然の中を走る素晴らしいルート。

44km地点にキャンプ場があると聞いていたので、1日目はそこで泊まるつもりでいた。
そのキャンプ場が見えてきた瞬間、入口から黒くて大きい犬が吠え立てながら飛び出してきた。
しかも一匹じゃない。次から次へと巨大な犬たちが飛びだし来て、僕に向かって一目散に走ってくる。
その数何と9匹。
さすがにびっくりした僕は思わず自転車を放り出してしまい、
そのはずみで自転車のミラーが折れてしまった。
おお、この2年間どんな乱暴な扱いにも耐えてきたお気に入りのミラーなのに、、、

キャンプ場からは、アダムス・ファミリーに出てきそうな異様な風貌の女性がのっそりと出てきて、
「こいつら自転車が嫌いなのよ。でも吠えてるだけだからびっくりする必要はないわ」と、
くわえタバコのまま、どすの利いた怖い声で言い放った。
そんなこと言ったって、9匹も一斉に向かってきたら誰だってびっくりしますわ。

その女主人の雰囲気のせいか、輪をかけて不思議な雰囲気だったご主人のせいか、犬9匹に猫3匹に子猫数匹が絶え間なく辺りをうろちょろしているせいか、とにかくビックリするほど居心地の悪いキャンプ場だったのだけど、
いまさら他に選択肢もないし、他のチャリダーと待ち合わせをしていたので、やむを得ずここに宿泊。
その晩、気を取り直していつも通りに米を炊いたら、8割炊けたのに残りが全く生煮えのままという、なんとも不思議なご飯が出来上がった。
どうやったらこんな不思議な炊きあがりになるんだ、、、、
こんな米、この2年間で初めてだ。

ご飯を食べた後も僕はあの不安な気持ちが心を離れず、この旅一番の塞ぎ込みようだった。
ようこも、最近一緒に旅しているチャリダーのハームットも、
「今日は早く寝た方がいいよ、きっと明日は大丈夫だから」と心配してくれている。
今朝はあんなにやる気満々だったのに。何なんだ、この理由もなく意味も分からない落ち込みようは。

翌日、少しは気分が楽になったので、まず8km先のエクスプラドラレス氷河を見に行き(残念ながらこの氷河は全然大したことがなくて、道中の氷河の方が何倍も良かった)、それから元来た道を引き返す。
今日は昨日よりも天気がさらに良くて景色も堪能できたので、気分もだんだん明るくなってきた。


昨日まさに不安な気持ちに襲われた美しくも恐ろしい感じの氷河の前は、やっぱりタダでは通り過ぎれなかった。

20kmほど快調に進み、そして平坦な道の途中でいつもの通りギアを変速したその瞬間、
「ガタン」という嫌な音がした。
チェーンが外れたか?、と思って足元を見ると、あるべき場所にチェーンがない。
ありゃりゃ?と慌てて後ろを振り返ると、僕のチェーンは、まるで蛇のようにとぐろを巻いて地面に横たわっていた。
え、チェーンが切れたの?力も入れずに快調に漕いでいたこの平坦な道で??
こんなこと、この旅始まって以来のトラブルだ。
しかもそのはずみで、フロントギアの調子が完全におかしくなってしまっている。
ブルーな気持ちんがらもようことハームットと3人がかりで格闘し、何とか応急措置を施して先に進む。
ああ、まだ30kmもあるのか、、、

昼休憩をとり、さあもう少しでこの道ともお別れだ!と再び自転車を漕ぎ始めたわずか5分後。
今度は前を走っていたようこが何やらチェーンをいじり始めた。
ようこのチェーンも外れて、しかもそれがフレームとギアの間に挟まって取れなくなっていた。
こんなこと、言うまでもなく、この旅始まって以来のトラブルだ。
もう嫌だ、勘弁してくれよ。

ここまでくると、もう何かが絶対におかしい。
ハームットも心配して、「今日は君らを置いてはいけない。念のため後ろから付いて行くことにするよ」と言ってくれて、僕らの後ろを走ってくれる事になった。
それからはもう、道が綺麗だろうと、氷河がドドーンと見えようと、青空が気持ちよかろうと関係ない。
この道から脱出したい。一刻も早く脱出したい、その一心でひたすらペダルを漕ぐ。
お願いだからもう何も起きないで。

数時間後、やっとの思いでリオ・タランキーロ村に戻る。ああ、助かった。
一息ついた後、調子の悪くなったフロントギアを本格的に直し始める。
ここをこうして、ここをああやって、、、と調整していたその時、
今度はバキバキっという音と共に、リア側のギアのアウターケーブルがパッキリと割れて使い物にならなくなってしまった。
言うまでもない。この旅始まって以来の・・・・

ああもう嫌だ。もう嫌だ。もう嫌だ・・・・
もう全ては明日だ。今日もさっさとワインを飲んで寝てしまおう。


気を取り直してなんとか走る。こんなに美しい景色なのに楽しむ余裕がない。

翌朝、気を取り直して改めて自転車を見回してみる。
すると、Tubusのリアキャリアがポッキリ折れている事に気が付いて、朝からたまげてしまった。
Tubusといえば、ヨーロッパ人チャリダーのほとんどが愛用していて、10年保証までしているほど最高強度を誇るドイツ製キャリア。
それがたった2年で折れるなんて、
しかもジョイント部分じゃなくてキャリアの真ん中あたりでポッキリと折れるなんて。
もう言いたくもないけれど、言うまでももなく、この旅始まって以来の、、、

自転車も所詮はモノだから、もちろんいずれは壊れる。
でも、たった24時間でネジ穴、チェーン、フロントギア、アウターケーブル、キャリアと立て続けにおかしくなるなんて、さすがに尋常じゃない。

あの不思議なアダムスファミリー夫婦の呪いなのか、
あの道には魔物が住んでいるのか、
いや、それともひょっとしたら、僕の妄想に出てきたあの老人が、、、、


まわりはこんなに長閑なのに。。


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