タシケントに自転車を置き、電車に揺られること18時間、有名な観光都市ヒヴァにやってきました。
午後2時ころ到着した日ヒヴァの街は、シーンと静まり返っていてまるでゴーストタウンのようだった。
地元民は誰も歩いていないし、観光客だって全然見かけない。
でも、それもそのはず、この街の日中の気温は軽く40度を越えている。
強烈な、というより暴力的な日差し。こんな炎天下で歩きまわるなんて自殺行為だ。
僕らもさっさとエアコンが効いているホテルにチェックインして、のんびり夕方を待つことにする。
午後8時。やっと過ごしやすくなってくる。
ヒヴァは、城壁に囲まれた狭い旧市街に、マドラサ(イスラムの高等教育施設)などのイスラム建築が所狭しと立ち並ぶ古代オアシス都市。
写真やテレビで何回も見たことがあって、ある意味見慣れた街だったけれど、
実際に街の中にいると、もうその素晴らしさに圧倒されてしまう。
遺跡をはじめとする世界各地の観光地は、実際に行って見ると、案外”ふーん。”という感想しか浮かんでこない様がっかりスポットだったということが多い。
それでも、本当に素晴らしい遺跡や街は、事前にどれだけ写真やTVや本で情報を仕入れて頭でっかちになっていたとしても、その遺跡や街と対峙した瞬間に、ハッと息を呑んだり口をぽかーんと開けたままにしてしまっりするのだし、その場にじっと座っているだけで幸せな気持ちになるし、いつまでもそこから離れたくないと思ってしまう特別なパワーがある。
さらに最近の二人は、不思議なくらいイスラム建築が大好きだ。
キリスト教建築や仏教建築よりも見慣れていないせいか、イスラムの温かい空気にすっかり心を奪われているせいか、それとも前世でイスラム教徒だったことがあるのか、とにかくイスラム建築には無性に心を惹かれてしまう。
そんなこともあって、素晴らしいイスラム建築がひしめくヒヴァの街を歩いているだけで、そのフォルムの美しさに、タイル装飾の美しさに、幾何学模様の美しさに、もうぞっこんになってしまった。
これでアザーン(礼拝の時刻を告げる呼びかけ)でも聞こえてきたら、言う事ないのに。
もう観光客は見飽きているだろうに、可愛いスマイルを振りまいて「写真撮って!!」と近づいてくるちびっこたち。
この街のもう一つの良さは、街で暮らす人々がとても素朴で可愛らしいことだ。
もう何十年も観光都市の住民として生活しているというのに、この街に住む人々は観光客に慣れることはあっても擦れることはなく、どこまでも素朴で実直で優しい。
もし自分がこういう観光地に住んでいたら、観光客は自分と関係ないものとして完全に無視してしまうか、逆に観光客の事を自分たちの生活の糧としてしか見なくなるか、いずれかだと思う。
だから自分たちの生活や心を見失うことなく、それでいて観光客に対する温かさや興味も忘れない人たちと触れ合うと、本当に素晴らしいことだなあと感動してしまう。
いつかこの人たちの心境に、少しでも近づけるといいのだけど。
素晴らしい建築に素敵な人々。遠いところを遥々ヒヴァまで来て良かった。
天井も壁も柱も、なんて美しいんだろう。
ホラズム地方の名物シュウト・アシュ。香草を練り込んだ麺にヨーグルトソースが絡まっていて、じゃがいもと肉の大和煮のような具と一緒に食べる。さっぱりしていてとっても美味。
どれも同じような建物には見えるけど、タイルの模様は一つ一つ違う。