意外と冷静にいられる自分が不思議だった。
犯人は3人組の男で、そのうち2人が拳銃を持っていた。
奴らが僕らの自転車を道路脇の茂みに引きずりこんで物色をし始めたときも、拳銃をカチャリとされてお前らも草むらに行けと連行された時も、草むらの中でヘルメットを無理矢理引きちぎられた時も、僕らの目の前で荷物をばら撒かれて漁られていた時も、まるで映画でも見ているような気持ちだった。
そんな風に引っ張ったらバッグが壊れちゃうだろうとか、あの拳銃は果たして本物かなあとか、なんだか手際が悪い強盗たちだなあ、なんてどうでもいいことを考えていた。
実際、強盗たちは物凄く慌てふためいていたので、それが逆に僕らを冷静にさせてくれたのかもしれない。
二人とも身体に危害は与えられず、草むらに行ってからもようこは指一本触れられていていなかった。
男の僕は一度だけ背後から首を軽く絞められたりもしたけど、窒息するような強さで締められた訳じゃなかったし、その前後の状況から”こいつらは人を殺す度胸まではないな。”なんて、今考えるとビックリするくらい冷静なことを考えていた。
ようこがパスポートだけは返してくれと手を合わせてお願いしているのを見たときは、ようこって意外と度胸あって凄いなあなんて妙に感心した。
しかもパスポートはそこじゃなくてこっちのポケットよ、みたいな指示を強盗にしていて、それに強盗が律儀にも答えて慌てふためきながらも必死にパスポートを探して放り投げてくれたのは、なんか漫画みたいだなあなんて可笑しくなった。
そして僕らは二人で手を握り合い、”この人たちはお金だけが目的だから。命は大丈夫だから、安心しよう。もうすぐ終わるから。”と二人で励ましあった。
その後、通りかかった地元の人に助けてもらい、道路に何とか這い上がったら、突然ようこが崩れ落ちるように泣き出した。
きっと犯人と一緒の間は取り乱さないように頑張っていたに違いない。よく頑張ったよ、ようこ。
結局僕のマネーベルトはパスポートを除いて全て持っていかれた。
だけどようこのマネーベルトは丸ごと無事だった。強盗たちは予期せぬ形で発見されたため、逃げる時に間違えて放り出してしまったようだった。
でも、僕の4つある自転車バッグの1つを丸ごと持っていかれた。
4月の窃盗事件の後に日本で新調した二人のカメラ合計4台も、GPSも、タンザニアで購入した携帯電話も、全て持っていかれた。
カメラやGPSたちとは、僅か4ヶ月でお別れするハメになってしまった訳だ。
そういえば、前回の窃盗事件でも僕のマネーベルトだけが盗まれて、ようこのは無事だった。ようこはつくづく運の強い人だと思う。
その後、40km先のチモイオという街(その日の目的地だった)まで乗り合いバスに乗せてもらい、そこでドイツ人夫婦が経営する安宿(ガイドブックも盗まれたのだけど、幸いにも宿の名前だけは覚えていたので何とか辿り着けた)に駆け込んだら、オーナーのアーニャがとてもとても親切にしてくれた。
とても優しい言葉をかけてもらい、国際電話がかけられる場所や警察の場所を教えてもらい、特別の値段で個室を用意してくれ(モザンビークのキャッシュも盗まれていたのだけど、支払いは落ち着いてからで良いよと言ってくれた)、さらには日本の両親との連絡まで手伝ってくれた。
カード類を無事に停める事ができて、警察への盗難届も終わって、宿に帰ってきたら、
アーニャから”もう大丈夫、安心して。”と優しい言葉をかけてもらった。
その時はじめて、ああ殺されそうになったんだ、命が助かったんだ、という実感が湧いてきて、涙が溢れそうになった。
その日はワインやビールを飲みまくって寝た。
他の旅人と話す気分じゃなかったし、今日の事は何も思い出したくなかったし、ようこ以外の誰とも話したくない気分だったから、個室を用意してもらったことに本当に感謝した。
事件の直後は混乱しているから、どんなシチュエーションでも受け入れられるのだけど、
翌朝になり、少し気持ちが冷静になってくると、徐々にフラッシュバックのようにその時の光景を思い出し始めて、恐怖心が湧いてくる。
ようこのキーッという叫びを聞いて振り向いた瞬間に見た犯人の顔、犯人の腰にあった拳銃の色や形、拳銃のセイフティーを解除したカチャリという音、首を絞められた感触、荷物を漁っている犯人の顔、現金を発見したときの犯人の喜びの声、助けてもらった地元の人が車から飛び降りてきた時の複雑な気持ち、ようこが泣き崩れ落ちた瞬間、次々とリアルな風景が目に浮かんでくる。
そんな時、個室で二人だけにさせてもらったのは本当に心が癒される。
とても不幸な事件だったけど、それでも二人はすごい幸運に恵まれているのだと思う。
前回の盗難事件の時もそうだったけど、今回も、ある意味で強盗に遭うのに最高の場所(へんな言い方だけど)だったと思う。
翌朝、二日酔いの頭を抱えながらも、二人とも命があることに、二人が怪我すらなく無事だったことに、そして安全な場所で朝を迎えられたことに、心から感謝した。
今日も二人で一緒に朝が迎えられた。
僕らを生かせてくれている全てに、沢山の親切に、ありがとう。