爽やかな朝だった。
前日は、名もないような小さな集落で村人にお願いしてテントを張らせてもらった。
大人も子供たちも穏やかで親切で、でも私たちの張ったテントの周りには邪魔にならないように近寄らないように気を使ってくれて、やっぱりモザンビーク人は期待通り素敵な人たちだなぁと
ほっこりしていた。
モザンビークは、道ですれ違う人々も皆めちゃめちゃフレンドリーで、こちらもずっとニコニコ
口角が上がりっぱなし。
ついつい口を開けっ放しにしてしまうから、虫とかが口に入ってきちゃったりするけど、
気分がいいからいいや~♪なんて気持ちにさせてくれる、毎日楽しいモザンビーク走行だった。
モザンビークをもっともっと走ってみたいと思っていた矢先だった。
こんな爽やかな朝だった。
微妙な距離を開けて3人の若い男が歩いていた。
いつものように
「ボンディーア!(こんにちは)」と声をかけた。
一人目からは返事がなくて、珍しいなぁと思って次の人に声をかけようかなと思った瞬間だった。
背の高い男がギロッとこちらを向いたかと思ったら、私の後ろの荷物を力いっぱい引っ張ってきた。
最初はギャーと叫んだ。
でも全然力を弱めないので、こちらも怖くなってきて「キィー、キィー、ウギャー!」
とまるで自分が猿になったかのように狂ったように叫んだ。
こんなに叫んだのは生まれて初めてだったし、もはや人間とは思えないような声が自分から出るのにもびっくりした。
もちろん、ひろもビックリして凄い剣幕で男を怒鳴り、自転車を投げ出して、逃げようとする男を追った。
前後にいた男たちが、ひろの投げ出した自転車から何か盗みやしないかと、
私は急いでひろの自転車のほうへ近寄った。
と、そのとき一番前の男がベルトらへんを触ってるのが見えた。
よく見ると、そこから拳銃を出すではないか。
一瞬、「え?うそでしょ?」って思った。
この爽やかな朝、村々が点在する、こののどかな道で拳銃なんて似合わなさ過ぎる。
首都のマプトやモザンビーク南部、南アフリカならありえるかもしれないけど、
ここで拳銃?
とっさに「ひろ、拳銃持ってるよこの人」と叫んだけど、信じられない気持ちでいっぱいだった。
ひろはすぐに両手を挙げて「分かった」と拳銃を持ってる男のほうを向いた。
そのひろの姿を見て、やっとこれは現実なんだと飲み込むことができた。
すぐに道路わきの草むらに引きずりこまれた。
怖くて怖くてたまらなかった。
どうなるんだろう、殺されるんだろうか。
ひろの手だけは放すもんかとぎゅっと握った。
強盗たちも何だかものすごく慌ててた。
草むらに隠れるなり、
マネー、マネーと、金はどこだと、3人3様で慌てふためきながら、私たちの荷物を漁り始めた。
道路のほうを凄く気にしている。
静かにしろという男のほうがデッカイ声を出していたりして、
この人たちはプロではないなと思った。
金を渡せば殺すようなことはしないような気がした。
こういうとき、自分が意外と冷静なのにも驚いた。
まずは小額のお金しか入っていない財布を渡した。
チェーンで鞄にくっつけているのもあって、もともと取り難くしているのだけど、
それを少しゆっくり目にはずした。
時間を稼いでいる間に、誰かに見つけてもらえるかもしれないと思ったからだ。
さすがに強盗は小さなしょぼい財布では満足しない。
仕方ないなとマネーベルト(パスポートやカード、USキャッシュやモザンビークキャッシュが入っている)なども差し出した。
と、そのとき自分の口から「パスポートだけは返して」という言葉がポロリと出た。
パスポートだけは頼む、と手を合わせて強盗にお願いしていたらしい。
必死だった。
意外なことに強盗は私のお願いを聞いてくれた。
大慌てでマネーベルトの中をあさって、パスポートやらクレジットカードやらをポロポロと外に吐き出してくれた。ついでにひろのパスポートも返してくれってお願いしたら返してくれた。
ものすごく長い時間に感じたけど、恐らく5分もしないうちにミニトラックが通りかかった。
トラックの荷台に乗っている人たちと目が合った気がした。
でも、きっとそのまま行ってしまうのだろうなと思ったと同時くらいに、
ものすごい奇声をあげて人々がトラックから降りて草むらに飛び込んできた。
強盗たちは手に出来る量だけ持って、走って逃げていった。
「助かった。」と素直に思うことは出来なかった。
このバラバラになった私たちの荷物を、この人たちも奪っていくのかな。
でも、きっともう殺されはしないよね。
もうモノなんてどうでもよかった。
気付いたら荷物、自転車、そして自分も崖を登って道端に出ていた。
あまりのショックで、どうやって道路に出たのか覚えてない。
でも、どうやらこの人たちはいい人たちだった。
腰が砕けてしまいそうな感覚がした。
今まで感じたことがなかった感覚だ。立っているのが辛かった。
彼らは進む方向が違ったので、ミニバスを停めて事情を伝えてくれ、ミニバスが私たちを街まで運んでくれることになった。
この旅では生まれて初めてなこと続きだけど、
生まれて初めて拳銃を見た。
しかも自分たちに向けて使われる拳銃。
拳銃も怖かったけど、荷物を引っ張った男の恐ろしい顔は
忘れたくても忘れられなそうだ。
寝ようと思っても今日はなんだか眠れない。
怖かった。本当に怖かった。
でも、二人とも傷一つなく生きていて本当によかった。
道中本当にいろんなことがある。
でも、
こんなに幸せな旅が出来ていることに対する感謝の気持ちは変わらない。