Mar,03,2009

幾度もの準備不足や判断ミスが重なっていて、起こるべくして起こった事態だった。
2日目、標高4200mのShipton’s Campに到着した時点で、二人とも頭痛があった。
しかし、周りのトレッカーもみんな頭が痛いと言っていたし、しばらくすると頭痛も落ち着いてきていたので、まあたいしたことがないだろうと高をくくっていた。

そして最初のミス。
2日目の夜、翌日の行程をガイドに確認した時、
「4985mのピーク登頂後、ピークの周りを一周してこのハットに帰ってくる。ピーク登頂後もアップダウンがあり、全部で10時間くらい歩く予定。」と聞いただけで、
それ以上に具体的な距離、標高、アップダウンの回数、程度、回避ルートの有無や位置などを確認しようとしなかった。
二人だけで登山するなら絶対に確認していることなのに、今回はガイドを雇っているんだからガイドに任せておけば大丈夫、という甘い気持ちがあったのだろう。

3日目、朝3時半にハットを出発。
頭痛や吐き気を感じては休み、落ち着いては歩き出し、を繰り返しながら、
徐々にガイドやようこに遅れを取りながら、ゆっくりとピークに向けて登り続け、
朝6時半頃、標高4985mのレナナピークに登頂。

ここで再びの判断ミス。
登頂した喜びで有頂天だった僕らは、道中感じていた頭痛や吐き気の事をすっかり忘れて、
この先はいったん下るだし、ここ(ピーク)以上標高の高い所へは行かないのだから大丈夫だろう、なんていう安易な気持ちで、ガイドに促されるままにピーク一周に向けて歩き出した。
もう少し冷静に考えて、高山病の状態や二人の今の体力を考えて、そのままキャンプ場に戻るという判断をするべきだったのに。


山頂からサーキットへ向かう道のり。この先に待っている恐怖をまだ知らない。

ピークからしばらく下り、再び登りに取り付いた頃から、頭の痛みが段々増してきた。
この先ハットに戻るは、アップダウンを3回繰り返す必要がある。
そして最大の判断ミス。
ここで予定を変更し、別ルートに降りて高度を下げる事が可能だったのに、そしてそれが回避ルートに抜ける最後のチャンスだったのに、予定通りハットに戻るという選択をしてしまった。
ハットは現在地よりも標高が低い所にあるからとか、
登るといってもピークより高いところには行かないからとか、
目玉が飛び出るほど高額な費用をかけた登山だから予定変更はあまりに勿体ない(回避ルートを選ぶと事前に払っていた費用などが全て無駄になってしまう)とか、
下山予定のルートがとても綺麗と聞いていたので予定通りそのルートを通りたいとか、
そういった、自分たちの安全に比べて余りに些細な理由を並べて、まあ何とかなるだろうくらいの気持ちで登り続けてしまった。

一歩進むごとに頭痛はひどくなり、まばたきするだけで頭がズキンと痛み、歩く時の振動だけで頭全体に激痛が走る。
朝から何も食べていないのに全く食欲が湧かず、無理矢理チョコを食べたら吐き気がひどくなって嘔吐してしまった。
そしてそのうち、比較的症状の軽かったようこまで、異常なほどの息切れを訴えるようになり、1,2分歩いてはしばらく休むという状況になってきた。
すでに、回避ルートに戻るにもハットに戻るにも、同じだけアップダウンを繰り返さなければならない位置まで来ていた。先に進むしかない。
景色を見る余裕など全くない。そもそも頭が痛くて前を向くのすら辛い。
ガイドに荷物を持ってもらい、下ばかりを向いていてヘナヘナと歩く。

天気も悪くなってきた。早く到着しないと雨が降り出すかもしれない。
そして異常に眠い。疲れと寝不足と頭痛と寒さとが一緒に襲ってきたからだろうか。
はいつくばる様に1,2分登っては、ひざから崩れ落ちるように座り込む。
少し座って、後から登ってくるようこを待っているつもりだったのに、
「ひろ、寝ちゃダメ!」というようこの声にハッとして目覚める。
寝てしまうと呼吸が浅くなり、さらに体力が弱って症状が悪化するので、寝るつもりなんて全くないのに、気を失うように寝てしまっている。
フラフラと立ち上がり、1,2分歩いては再び座り込み、再びようこの声に起こされる。
「生きて帰るには寝ちゃダメだ。前に進め」、それだけを考えて歩き出す。
それを何十回も何十回も繰り返した。


写真中央上部に見える砂地のようなところが最後の登り。あそこを登らなくてはハットに戻れない。この時点で気力しか残っていなかった。

最後のコルを登り切り、眼下にハットが見えた時は、本気で命が助かったと思った。
結局12時間かかってハットにたどり着き、温かい紅茶を一口飲んだら、
今まで気丈にふるまっていたようこが、堰を切った様に泣き出した。
僕が最初に高山病を発症したせいもあって、ようこは、自分がしっかりしないと二人とも死んでしまうと思って気力だけで頑張ってくれていたのだ。
ようこは泣きながら「本気でもうだめだと思った」と繰り返し、そのままベッドに倒れ込んでしまった。
僕らが帰ってきて間もなく、雪が降り出した。

ようこ、本当にありがとう。
ようこが気丈に励まし続けてくれなかったら、途中で動けなくなっていたよ。
大袈裟でも例えでもなくて、ようこが僕の命を救ってくれた。

翌日、僕は起き抜けに2回嘔吐した上に、頭痛は相変わらずひどかった。
そしてようこも激しい胃痛と頭痛を訴えていた。
予定なら再び4700mまで上がった後に、行きとは別のルートを使って下山するはずだったのだけど、予定を変更して、もと来た道をそのまま引き返すことにした。
行きはあんなに楽しくて簡単だった道が、帰りは下り道だというのに、やたら長くて辛い道に感じられた。

結局、4泊5日の予定を1日早めて、3泊4日で帰ってきました。
高山病は下山すると治るので、今は少し落ち着いています。

これまでチベットや南米など、何度も4、5000mの山々を歩いたり自転車をこいだりして、一度も高山病にかかったことがなかったので、少しなめていた面もあったのだと思います。
それでも、高度順応のためにハエが止まるくらい遅い速度で歩いたり、ひたすら水分を取ったり、昼寝しないようにしたりと、出来る範囲の予防はしたつもりです。
高山病は、登山経験に関わらず、いつでも誰でもかかる可能性があるものです。
下山が唯一の解決方法だと知っていながらも、下らない意地から、下山するタイミングが遅れてしまいました。
5000m弱の登山で大袈裟なと思う方もいるでしょうが、二人とも真剣に死を意識しました。
下山して冷静になった今でも、生きて帰ってこれて本当に運が良かったと思っています。

今後も高山に登ったり、自転車で走ったりする予定です。
きっと今回のケニア山は、経験者気取りだった僕らに、高山病の恐ろしさを教えてくれたのだと思います。
本当に、生きて帰ってこれてよかった!


hiro | Kenya
© yokoandhiro All rights Reserved. | 管理者ページ