Dec,01,2008

シリアのハイウェイは単調でつまらない!と、
メインロードを避け、シリア砂漠を越えるルートでパルミラ遺跡に行くことに。
これがあらゆる面で予想を超える、何とも素敵なシリアうるるん滞在記になりました。

シリアでは観光地を外れると途端に宿がなくなるので、今回は全行程テント泊を想定。
テント泊といっても、荒野のど真ん中に堂々とテントを張ったのでは、
強盗や野犬などの野生動物に襲われた時に一巻の終わり。
そこで、出来る限り集落の外れなどを選んで、
「テントを張らせてください」と現地語で書かれた紙を見せたりジェスチャーを駆使しながら、
村人に許可を貰い、それからテントを張るのが僕らのやり方。

1日目は、砂漠の民べトウィンの家族にお願いして、庭にテントを張らせてもらいました。
あっさり許可を貰って僕らがテントの準備を始めると、
早速この家族の子供たち(なんと8人兄弟)やお隣の4人兄弟が大興奮で近寄ってきて、
さらにはご近所の子供やら大人やらがワラワラと集まってきて、
皆でテント張りを手伝ってくれたり、シャイでおもてなししてくれたりと、もう大騒ぎ。


家族総出で大歓待。特に子供たちは大はしゃぎ。女の子は10歳前後にもかかわらず下の子のお世話や家事をテキパキとこなし、本当に働き者。

すっかりヒーローの僕らは、テントに引っ込んで休む訳にも行かず、
アラビア語VS日本語で無理やり会話しながら(これが結構通じるのです)、
ありがたくシャイをご馳走になっていたら、
ついには、肝っ玉風のお母さんが、寒いから家の中で寝なさいと誘ってくれ、
さらには夕食までご馳走してくれました。
肝っ玉母さん(14歳を筆頭に子供が8人もいるのに、ナント僕らより年下!)は、
「何日でも泊まっていきなさい」「パルミラを見たら帰って来なさい」と何度も誘ってくれ、
お隣のお母さんは、明日はうちに泊まってお風呂に入りなさいと、笑顔で誘ってくれる。
温かい布団で熟睡させてもらった翌朝は、朝食までご馳走になって、ようやく出発。
別れ際、肝っ玉母さんは涙目で僕らを見送ってくれた。
その温かさに僕らも朝からジーンとなり、後ろ髪を引かれながら自転車を漕ぎ出しました。


僕らの友人が餞別にくれたマギーの耳がここで大活躍。大うけの肝っ玉母さんマリアン(中央)とお隣のお母さん(左側)。

肝っ玉母さんとの別れからわずか数時間後、
ある街の近くで通りすがりのシリア人に道を尋ねたところ、
親切に道を教えてくれた上に、「まあうちで昼食でも食べていけ」と家に招待してくれました。
ありがたく招待されたこの家でも、突然の珍客にもかかわらず、
みんなニコニコ迎え入れてくれて、「今日はうちに泊まっていけ」としきりに誘ってくれる。
その優しさに心がぐらっとしたけど、まだお昼だったので先に進むよとお断りしたら、
「この先は何もないぞ。明日の朝にしたほうがいいぞ。」と本気で心配してくれた。
シリア人って何処まで優しいのかなあ。
でも、いくら砂漠だからって何もないなんて大袈裟だよな、なんて軽く考えて再出発。
ところが、さすがに砂漠の民が「何もない」というだけのことはあった。
その街を過ぎると、見事に何もない世界が広がっていたのだ。

しかも目の前には山脈がどーんとそびえていて、地図によるとその山脈を迂回するだったのに、
何故か道は山脈に向かって一直線に延びている。
嫌な予感を抱えながら先に進んでいくと、案の定そのまま峠越えに突入。
おいおい、もう午後なのにこれから山登りかよ。
何とか峠を越えたものの、やはり何もない世界は延々と続き、しかも日没時間は刻々と迫る。
これは最悪の荒野テント泊もやむを得ないかなあと覚悟していた矢先、
日没まで後30分でいうところで、幸運にも小さなべトウィンの集落を発見。
これはもしや助かった!?
しかし、いそいそと村人に近寄って行って、街の外れにテントを張っていいか尋ねたら、
村人の答えは想定外の「駄目だ」。


何もない砂漠の中に忽然とあわられた集落。電気も、水道も、トイレすらない

これは本気でやばい、と目の前が真っ暗になったのも束の間、
なんと村人は「テントなんか寒いから駄目だ。うちに泊まれ」と家に招待してくれたのでした。
結局この日も夕食をご馳走になり、暖かい毛布を与えてくれ、
しかも、またもや朝食まで用意してくれました。


泊めてもらった家の長男モハメッド。一緒にいる間ずっとこの笑顔で楽しそうにしてくれた。

結局この日は3食ともご馳走になり、
テントや自前の食料はおろか、お金すら一切使わずじまい。
彼らからしてみれば、僕らは突然自転車に乗って登場した怪しげな外国人。
その言葉すら通じない外国人が突然近寄ってきて、
「家の近くにテント張らせてくれ」なんて言い出すのだから、
僕の常識からすれば、即答で断るか、少なくとも色々詮索してから答えを出すのだと思う。
それなのにシリア人たちは、何の躊躇もなく、本当に即時にOKしてくれるどころか、
温かく家に招き入れてくれ、貴重なご飯までご馳走してくれ、
一番年長の人が座るであろう特等席を譲ってくれ、最大級のもてなしをしてくれる。
通りすがりの他人に、何でここまで優しくしてくれるのだろう。
別れ際、見えなくなるまで手を振って見送ってくれる彼らの底なしの、表裏なしの優しさに、
朝から心がじんわりとしました。


進んでも進んでも砂ばかり。本やテレビでしか見たことがない真の砂漠が、眼前に広がっていた

そして3日目、行く手には地理の教科書に載っていそうな文字通りの「砂漠」が広がっていた。
ここまで延々と広がる砂漠を見るのは二人とも初めてで、
今日にはパルミラに到着するという心の余裕も手伝って、
「こんなところ走っているなんて日本のみんなは想像すらしないだろうね」なんて言いながら、
写真を撮りまくったり、高台に登ってコーヒーを片手に砂漠を眺めたりと、もう大はしゃぎ。


コーヒーを片手に休憩。無風だったこの日は、音のない「音」と、時おりかすかに聴こえてくる鳥の声しかない。

大満足の砂漠越えを終え、パルミラまでのラスト数十キロはハイウェイに合流。
すると、とたんに真っ直ぐで簡単で単調な道になり、まるでジムで自転車を漕いでいるみたい。
改めてメインロードを外れた僕らのルート作りに自己満足。
単調なメインルートを走っただけで、シリアの道はつまらないって評価しなくて良かった。
これぞ自転車旅の醍醐味。太腿は悲鳴をあげているけど、やっぱり自転車旅は最高!


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