Mar,29,2013

しばらく自転車に乗れないとなった途端、二人して風邪をひいてしまった。
張りつめていた気がシュンと萎んでしまったのだろうか。
雨や曇りの日ばかりだったのも重なって、楽しみにしていたエッサウィラは不完全燃焼のまま終了。

でも悪いことばかりじゃない。
自転車パーツが届くのと前後して、自転車整備に精通するチャリダー友達のあつし君(彼のブログは→こちら)がマラケシュに到着して、新しいハブ(車軸)でホイールを組んでくれることになった。

1年前にエクアドルの首都キトで出会って以来の再会。それだけでもとても嬉しいのに僕らの苦境まで救ってくれるなんて、こんなにありがたい話はない。ホイール組みは高度すぎて自分ではチンプンカンプンだし、モロッコのローカルチャリ屋に任せるのはとてもじゃないけど不安だったので、あつし君からメールをもらった時は神様からメールをもらった気持ちになった。

人との出会いが、いつも僕らの旅を助けてくれる。
助けられてばかりじゃなく、いつか誰かを助けられる存在になれたらいいのにと、いつも思う。

さて、パーツとあつし君の到着まで5日ほどまだ時間がある。
マラケシュでダラダラしてもしょうがないので、この時間を利用してメルズーガという砂漠の町に砂丘を見に行くことにした。もともと自転車で行こうと思っていたのだけど、道路の行き止まりという少し辺鄙な場所にあるだけに、バスでさくっと往復してくれば他のエリアにもっと時間を費やせるようになって全体的な走行ルーティングが楽になるし、待ち時間も無駄にならない。
どうやって時間を過ごそうかと必死に考えて思いついた、名付けて怪我の功名プランなのだ。

さくっと往復と言ってみたものの、マラケシュからメルズーガはバスで片道12時間の大移動。
バス移動って狭いし酔うし長いし途中のレストランは高し、本当にくたくたになる。昔は何十時間も電車やバスに揺られてもケロリとしていたのに、いろんな意味でもうバックパッカーには戻れなさそうだ。

メルズーガはエジプトのシーワオアシス、ナミビアのナミブ砂漠についで3度目の砂漠だ。
エジプトは4WDのツアー、ナミビアはレンタカーでの旅だったけど、今回はラクダに乗って砂漠を巡る一日ツアーに申し込むことにした。
初めて乗るラクダは予想以上に視線が高く、予想以上に揺れ、予想以上にお尻が痛くなり、そして予想どおり臭かった。
砂漠とラクダは絵になってよだれが出そうなほどカッコいいのだけど、僕は2時間でいっぱいいっぱいになってしまった。これで何十日もかけて砂漠を横断するキャラバンは本当に大変だったのだろう。

徒歩より遅いラクダで2時間ほど進むだけなので、町からほんの数キロしか離れた場所に行けるだけだ。それでもメルズーガは砂漠の目の前にある町なので、見渡す限り砂丘という砂だけが支配する空間に入っていくことができる。
その広大さと静寂さに、人の力など遥か及ばない自然の偉大さを感じずにはいられない。
「砂漠はとても大きく、地平線はとても遠いので、人は自分を小さく感じ、黙っているべきだと思うようになるのだ」
そんなアルケミストの一節が、頭の中で何度も何度も繰り返される。

美しい砂丘に登り、さらさらと絶え間なく動き続ける砂を眺め、ゆっくり沈んでいく夕日を眺め、そしてキーンという音のない音が響く砂漠に寝転んで星空を眺める。
メルズーガの砂漠には、そんな日常生活とはぜんぜん違うゆったりとした時間が流れていた。

大好きな作家星野道夫さんが繰り返して語っている、日常的な時間の流れとは違う、もう一つの大きな時間の流れ。
そういう時間の流れ方があることを実際に自分自身で感じること、これは旅に出て大自然に包まれないと感じることができない、素晴らしい旅の財産なのだと思う。
日本に戻り慌ただしい時間を過ごすようになっても、この財産を忘れることがありませんように。



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