May,21,2012

エクアドルの首都キトは南米のゴール地点。
ここから南米を離れ、次はヨーロッパ編を再開する予定だ。
でも予定より早くキトに到着したので、ヨーロッパ行きのフライトまで10日ほど時間が余った。

「10日間どうしようか?」とエクアドルの坂道を登りながら話している時、おもむろに「ガラパゴス諸島に行ってみたいね」という話が出てきた。
その夜、ガラパゴスに行ってきた旅人にたまたま会って話を聞いていたら、高嶺の花と思っていたガラパゴス諸島もツアークルーズではなくて個人で行けばそれほど高くないということが分かって、二人とも一気にガラパゴス案に夢中になってしまった。
いつも唐突に予定を変える僕ら。これまで話にすら出たことがなかったガラパゴス諸島なのに、話が出た翌日にはLAN航空のウェブサイトでガラパゴス行きの航空券を購入していた。
もう気分はすっかりガラパゴスだ

ガラパゴス行きの当日、目覚ましが鳴る前にばっちりと目を覚まし、夜明け前のキトの街でタクシーをかっ飛ばして意気揚々と空港に乗り込んだ。
出発2時間前にはチェックインを済ませ、搭乗待合室でチケットを片手にガイドブックを読み込む。
読めば読むほどワクワクが止まらない。なにせ数時間後にはガラパゴス諸島に降り立っているのだ。
二人とも興奮して紅潮した顔で搭乗ゲートに並び、係員にチケットを渡そうとしたその時、
「あ、あなたたちちょっとこっち来て。」と呼びとめられた。


土曜日に大きな市が立つことで有名なオタバロ。お土産物がたくさん売っているのだけれども買いたいものはいま一つない。ただワサワサとしたペルーのような市は久々で楽しい。

事態がつかめないままLAN航空職員のおばちゃんに連れて行かれたのはチケット売り場。
そこで「あなたたちのチケットは現地人料金だから、追加料金を払わないと駄目よ。」と宣告された。
いやちょっと待ってくれ。
LAN航空に現地人料金と外国人料金があるのは知っていた。試しにエクアドル人としてウェブサイトに入ると「このチケットは外国人だったら追加料金がかかります。」という注意書きが出るのも確認した。
だからちゃんと外国人としてウェブサイトに入って、追加料金がかからないことを確認して、しかも値段も一人400ドル程度という聞いていた相場通りの値段を払い、万全を期して購入したのだ。

そのことを説明したら、「そうなのよ、うちのウェブサイトはちょっと問題があって、結構あなたたちみたいな人がいるのよね。でも文句はカスタマーセンターに言ってちょうだい。」と冷たく言われてしまう。
追加料金は一人約170ドル。400ドルで買ったチケットに170ドルの追加料金は痛すぎる。

しかも既に飛行機出発時刻は15分後に迫っていた。
こんな直前に「で、払うの?乗らないの?」と言われても困るのだけど、もう悩んでいる暇はない。
しぶしぶ追加料金を払うことにして、領収書を片手に急いで空港の入り口まで戻る。

ゲート入り口には、僕らをチケット売り場へ連れてきたおばちゃんが眠たそうに立っていた。
そしてそのおばちゃんは、眠たそうな顔のまま、衝撃の一言を放った。
「飛行機はもう行っちゃったわよ」


豚がそのままデデーンと調理されたものが市場に並ぶ感じもペルーに似てる。

頭が真っ白に、いや真っ黄色になる。
そういえばこのおばちゃん、いつのまにかチケット売り場からいなくなっていた。
このおばちゃん、僕らに一言も確認もせずに、勝手に僕らはキャンセルだと決めつけてしまったのだ。
思わずおばちゃんの肩を掴み、「え?何言ってんの!おれたち乗るって!」と声を荒げた。

おばちゃんの顔がみるみる赤くなっていき、さらに意味不明の言葉を放つ。
「なにするのよ!私に触ったわね。もうあなたたちはLANには乗せないわ。あっち行きなさい!」

最初、おばちゃんは自分のミスが気まずくなってそんなことを言っているのかと思ったけど、おばちゃんの真っ赤な顔を見てそうじゃないことを悟った。
おばちゃんは、自分がミスをしたせいで僕らの予定を台無しにしてしまったなんて考えは、一かけらも持っていない。
ただ突然触られたことに、声を荒げられたことに驚いて、ヒステリーを起こているだけだ。


こうやって美味しそうに野菜が並んでると必要なくてもつい買いたくなっちゃう。

ラテンのおばちゃんがこうなってしまうと、もうどうしようもない。
「だから俺たち乗るって」「どうすればいいんだよ?」「もうあんたじゃ駄目だから上司を呼んで」と何を聞いても、何を言っても、おばちゃんの興奮を助長するばかり。
おばちゃんはますます真っ赤な顔になって、”No.You can’t travel.”を繰り返すだけ。
上司を呼ぼうとする気配すらない。

騒動に関係のない他の乗客たちは「どうしたの?」と心配して声をかけてくれるけど、
肝心のおばちゃんはヒステリーを起こすだけ、他のLAN職員は「私には関係ないわよ」と言って傍観を決め込むだけだ。
チケット売り場の人も「後は街中にあるオフィスで話をして。」を繰り返し、かなり遅れて登場した上司も「後のことはカスタマーセンターに聞いて」を繰り返すばかり。

ラテンの人たちは、自分が直接何かに巻き込まれそうになると、徹底的にスルーを決め込む人が多い。
道を聞いたら適当に「あっちよ」と言われたり、シャワーやWiFiの調子が悪いと宿の人に告げたら「私知らない」とか「ああ、明日直すから」と言ったきり忘れてしまったり、とにかくその場を適当に切り抜けることにかけては天下一品なのだ。
普段旅をしている時は、日本人もこれくらい適当な方がストレス溜まらなくていいのにね、なんて思っていたけど、こうやって自分がトラブルに巻き込まれると、やっぱりラテンの国々には住めないと痛烈に思い知らされ、そして日本人の生真面目で誠実な対応が恋しくなる。


オタバロで多く見られる民族衣装よりも、たまに見かけるだけだったこちらの衣装の方が刺繍も繊細で色遣いも好みだった。

さて、おばちゃんのヒステリーはとどまるところを知らない。
仕事を放棄して陰で泣き出したかと思えば、いつのまにか「触られた」から「殴られた」に変わっていて、セキュリティーを連れてきて「あんたを訴えてやる」と騒ぎ出す始末。
いやもう、泣きたいのはこっちなのに。

もうヒステリーおばちゃんを相手にしている暇はない。
怒りで手が震えるのを必死で抑えつつ、おばちゃんは完全に無視することにして、払った追加料金をキャンセルし、街のオフィスの場所を聞き、オフィスに事前に事情を説明しておいてもらう約束を取り付け、預けた荷物を回収し、ようやくその場を離れることができた。

その場のカオスを離れると、ようこが泣きだした。
ようこが泣いていなかったら、きっと僕が泣いていた。
ウェブサイトの不備も、チェックイン時に追加料金に気づかず発券したのも、15分前になってようやく気がついて僕らを呼び出したのも、追加料金を払っているうちに飛行機が行ってしまったのも、何一つ僕らに不手際はない。
肩を掴んだのは確かに褒められることじゃないけど、殴ってなんていないし暴言すら吐いていない。
それなのに、何一つ謝らえることなく、ひたすらたらい回しにされ、それどころかいつの間にか暴力をふるった加害者になっていて、問題をすり替えられ、僕がなぜか非難されている。
なによりもガラパゴスが楽しみでワクワクしている絶頂で、理不尽にもはしごを外され、ガラパゴス行きが露と消えてしまった。
声をあげて泣きたいくらい悔しかったけど、僕の代わりにようこが泣いてくれたので、僕はようやく落ち着きを取り戻すことができた。
こういう時、二人でいられることが本当にありがたい。

その後、街中のオフィスに行ったら、案の定、何の報告もされていなかった。
ゼロから事情を説明したら、これまた案の定、「ペナルティーとしてキャンセル料が必要だ。後の文句はカスタマーセンターに言ってくれ。」というところから始まった。
「ペナルティーって・・・」という言葉をぐっとこらえ、1時間以上、必死の、そして忍耐の話し合いを続け、ようやく全額返金してもらう約束を取り付けることができた。
キトの宿のオーナーが目をまんまるくして再び出迎えてくれた時には、既にお昼になっていた。
長い長い午前中が、ようやく終わった。


こちらがオタバロでよく見かける民族衣装。

さて、これからどうしようか。
昔の二人だったら、悔しすぎて、もうガラパゴスなんて死んでも行くもんかと思ったに違いない。
もう怒りも悲しみも落ち着いた。
ためしに他の航空会社で聞いてみたら一人470ドルで明日のフライトがあるという。
ううん高い。でもガラパゴスはやっぱり行きたい。
一人のおばちゃんのせいでガラパゴス行きを諦めるなんて、その方がよっぽど悔しい。
それにまだ時間はある。10日間の予定がが9日間になるだけだ。
LANからは全額戻ってくる(はず)だし、もう今日のことは笑い話にしよう。

数時間後には、AEROGALという別の航空会社で翌朝のチケットを購入していた。
オフィスのお兄さんが呆れるほど、「外国人だけどこれ以上追加料金はない?」と確認しながら。
10年前より少しは大人になったかな、なんて二人で顔を見合わせて笑いながら。


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