Sep,30,2008

2002年夏,就職前最後の冒険旅行と称して,ようこと二人,自転車でヒマラヤ山脈を越える旅をした。
現地で購入したおんぼろ自転車にテントや水や食料を積み込んでチベットの聖都ラサを出発し,5000m級の峠をいくつも越え,シャワーどころか顔を洗うことすら満足にできず,クッキーと飴で空腹をごまかし,ふらふらになりながらネパールの首都カトマンズまで辿り着いた約3週間の旅。


 広大無辺なチベット高原で二人ぽつんと自転車を漕ぎながら,「何でこんなことしているのだろう」と何度も思い,「もう二度とやるものか」とようこと何度も誓い合った。
 しかし自転車の旅は,辛さや大変さを一瞬で吹き飛ばしてしまうだけの幸せに満ち溢れていた。それは,水や空気や食べ物があるから生きていけるのだという当たり前のことに気付かされることであったり,必死の思いで辿り着いた峠から見える風景に涙が止まらないことであったり,日々のシンプルな食事が例えようなくおいしく感じることであったり,言葉も通じない人々から受ける優しさに心が震えることなんかであって,それらのシンプルな幸せを五感全体で感じることができる自転車の旅は,自分にとって何が一番大切なのかを考えるきっかけを与えてくれた。

 その後,日本に戻って社会に出た。
 社会人になると,一日が,一週間が,一年が,とても短く感じる。あんなにも無限だと感じられた時間が,残酷なまで限りあるものだということを痛感せずにはいられなくなる。忙しく慌しく毎日を過ごすうち,やがて僕は,出会ったこともない人々の訃報にテレビや新聞などで接する度,漠然とした焦りを覚えるようになっていった。
「人はいつか死ぬ。僕もいつか死ぬのだ」
 僕はその瞬間何を思うのだろうか。後悔のない人生だったと微笑みながら死んでいくことができるだろうか。やりたいことをやらなかったと後悔するのではないか。
 僕は,自分の心に真っ直ぐ向かい合って生きているのだろうか。

 その一方で僕は,日常に身を委ねることで得られる安定感や安心感に,自分がゆっくり飲み込まれていくのを感じていた。「忙しいから」「責任があるから」「もう若くないから」と言い訳を並べては,自分の気持ちや焦りに対峙することなく,自分なりに一生懸命に,だけど,どこか何となく流されながら生きていくことに慣れ始めていた。

 そんな時,ふとした偶然で,自転車で世界一周を果たした坂本達さんの講演会に参加する機会があった。
 そこで目にした達さんのきらきらとした思いに, 夢に挑戦することをまっすぐ問いかける言葉に,何よりも実際に自転車で世界一周を果たした人を目の前にして,僕の心は激しく揺らいだ。自分が今本当にやりたいことを,はっきりと形にして見せられた気がした。
 隣で聞いていたようこがどう感じたかは確かめるまでもなかった。自分の気持ちに常に正直であろうとし続ける彼女は,僕よりもずっと明確に,具体的に,強い気持ちを持って,自転車世界一周を自分の夢として形にしたのだろう。
 しかし,流されることに慣れ始めていた僕は,今の安定感や安心感を捨ててまで旅を選ぶことに躊躇し,戸惑い,すぐに決断することはできなかった。

 それでも自転車で世界に出たいという思いは,日々募っていった。
 子供を育て,家を買い,犬を飼い,孫に囲まれる。そんな人生もとても素敵だけど,そんな楽しみはもう少し先に取っておいても構わないじゃないか。
 僕たちには,今しかできないことがあるのではないか。

 バックパッカーをしていた頃,世界中で色々な出会いを重ねていくうち,「やりたいことに挑戦できる」という,ごく当たり前のように感じていた自分の環境が,どれだけ貴重で恵まれているものかを知った。だからこそ,「やらないで後悔するくらいなら,やって後悔することを選ぶ」という決意を心に刻んだはずだった。
 その自分への約束を忘れかけていたからこそ,僕は焦りを覚えていたのではないか。

 大きな夢に挑戦できるチャンスが目の前にあって,夢を一緒に追ってくれる人がすぐ隣にいる。
 仕事を辞めて世界一周に出るなんて,余りに無謀で,余りに無責任だと言われるかも知れない。だけど,自分の気持ちに嘘をつき,ようこの思いに気付かないふりをして生きていくことの方が,僕にはずっと無責任な事に思えた。
 自分の気持ちに,ようこの気持ちに,二人だからこそできる生き方に,二人にしかできない生き方に,まっすぐ向き合いたい。
 そう決断したとき,自分の心はすっと軽くなった。
 
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 本日、ついに世界一周の旅に出発します。
 世界中の人や風景に出会い、世界中の風を体で受け、いくつもの峠と平原と砂漠を越え、地球の広さと美しさを体全体で感じてきたいと思います。
 旅行中も細々とホームページをアップしていきます。僕たちが体験する出会いや別れやトラブルを通じて、このブログを見てくれるみんなが、一瞬でも僕たちと一緒に旅をしている気分になってもらえたら嬉しいです。
 自転車での移動のため、毎日更新する日もあれば一月以上更新できない時もあると思います。気長にお付き合いください。


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