Apr,12,2012

地球太古の姿が残っているといわれるギアナ高地にとうとうやってきた。
大きなブラジルを縦断してわざわざベネズエラにやってきたのは、このギアナ高地のロライマ山トレッキングをしたかったから。
ギアナ高地にやってきた喜びだけではなくて久々に体を動かせることを嬉しく思っている自分がいる。
この3年間でいつの間にかに運動バカになってきていることに驚く。
体を動かさないと、汗をかかないとなんだか気持ち悪くなってきて無性に動きたくなってしまう。
まさか運動も中毒なものなの?
さっそくググッてみたら過度な運動は中毒性があるとやら。


ロライマ山トレッキングはガイド付きでしか行けないので、仕方がなくツアーに参加。
技術的に難しいわけでも、ルートが分かりにくい訳でもない場所で、どうしてガイドをつけなくてはならないのかと思うわけだけれども、これだけの観光地の自然を守っていくためにも監視役としてガイドがいなくてはならないのかとも思うと、まあ仕方がないよなと納得する。


誰もが大自然の残る秘境へ行ってみたくて、そういう私たち観光客ひとりひとりが環境に負荷を掛けては世界中の大自然が姿を消していく。
以前ガラパゴスの環境汚染についてのテレビ番組をみたときも思ったっけな。
悲しいかな、私は素晴らしい大自然を見れたと喜び、同時にその素晴らしい大自然の破壊に加担しているんだよな。
世界中でエコツアーというものが流行っているけれども、名前だけではなくて内容も伴うエコツアーを徹底して行ってほしいと思う。
それが、破壊に加担していると分かっていても見に行ってみたいと思ってしまう欲深い私のような人たちにとって、せめてもの救いになる。徹底してくれるのならばツアーでも仕方があるまいとも思えるし、それなりの対価を払うことにも納得がいく。



で、ロライマ山トレッキング。

山のエッジから見下ろす高度感、湧いては消えていく雲、20億年前のものとも言われる地質、地味な色ながらひっそりと美しく輝く植物たち、石ころのようにごろごろと転がっている水晶、そして星空!!
トレッキングそのものとしては最高のルートというわけではないのだけれども、ロライマ山という場所そのものとしては大満足で、パワーみなぎる気持がいい素敵なところだった。


ロライマ山のてっぺんは、基本的に色のない、白黒グレーの冷たく感じる世界なのに、温かいパワーで包み込まれていた。
ロライマ山の端っこに腰掛けて、眼下に広がる緑の下界と広く果てしなく続く空に向き合う。
そしてロライマの大地のエネルギーに満ちた熱気をじわーっとお尻から体中に伝わるのを感じながら、何を考えるでもなくぼーっとする。
無性に幸せを感じる。


すーっと力みが消えていくのを感じた。

ずっと憧れていたギアナ高地に来たからには、何かをみなくちゃ、何かを感じ取らなくっちゃならないって、知らず知らずのうちに肩肘張っていたのだと思う。
「そんなにカチカチしなさんな」って、懐大きいロライマ山が優しく諭してくれた気がした。


20億年の懐には敵わないけど、
もっと懐でっかくなりたいぞと思った、そんなロライマの旅でした。


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